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その少女と出会ったのは小学校の入学式。
私達が通うことになったのは、小学校から大学まであるマンモス校で。その学校を中心に学園都市が形成されており、エリア内には商店やレストランと言った娯楽施設も完備。
留学制度にも力を入れており国際間交流も盛ん。更に、高校に上がれば希望者は学園寮にも格安で入寮可能…という有名校。
両親から入学を提案された時はお姉ちゃんと2人。こっそり自室で、「ふぉぉぉぉおおおお!マンモス校!マンモス校ktkrぇぇぇえええ!!」「すっげぇぇぇぇえええ!!カラフル遺伝子世界すっげぇぇぇぇえええ!!!!」と、騒いだものだ。
そして、そんなこんなで迎えた入学式当日。
初等部正門前に張り出されたクラス分けの表を見て両親とお姉ちゃんに、「また後でね〜」と和やかに別れて教室へと移動し、扉を開け。
──すっごい美少女を目撃した。
ツヤサラストレートのピンク髪。大きなペリドット色のまん丸お目目はうるうるで、何処か不安そうに周りを見渡している。筋の通った小鼻にぷっくりしたピンクの唇。ほんのり色づくぷにぷにのほっぺ。
何もかもが完璧で、その完璧さを誰にも壊されぬよう必死で守りたくなってしまう容姿を持った彼女。
この時私は、(許されるなら今すぐ写真に収めたい。許されなくても隠し撮りしたい!お姉ちゃんとはまた違った種類の美少女。あっちが少し大人びた綺麗系ならこちらは純粋なロリかわいい系頭なでなでしてぇぇぇえええ!)と、幼女らしからぬ思考を頭の中でしていた。もしかしたら顔に出ていたかもしれない。明らかな不審者である。
…と、そんな脳内でうへうへ祭りをしていると。不意にその少女が周りを見渡すのをやめた──かと思えば。私の顔を見て、目を見開いて、驚いた顔をした
そして、その刹那。
物凄い顔で睨んできた。
(…え?なんで?なんでそんな阿修羅みたいな顔でこっち睨んでくるの?幼女がする顔じゃないよ?!)と思ったが。理由も分からないので、どうした表情を返していいかもわからず。とりあえず無表情で彼女を見つめ返せば、彼女は更に、顔をしかめてくる始末。
(…ふむ。ココは、精神年齢○○歳として私の方から行くべきか?あるいは、なにか誤解があったのなら、今のうちに解いておいた方が良いだろう。出来れば友達とは言えなくても、クラスメイトとして仲良くしたい)
…な〜んて!そう思っていた時期が、私にもありましたー!!
「何よその髪色。私と被ってるじゃないふざけないで!この世界のヒロインは私よ!」
これが入学式が終わった翌日の登校日。美少女…姫咲 桃菜から言われたセリフである。
忘れもしないあの日。
お姉ちゃんと共に登校し、初等部正門に着いた途端。それこそなんの予兆も無しにそんなことを言われたのだ。
私とお姉ちゃんは、2人して「「…は?」」と真顔で同時に、思わず言ってしまった。
「なんで、アンタみたいなモブ顔がピンク髪なの?おかしい!おかしすぎるわよ! ココはスク♡ラブの世界でヒロインは私なのに…!なんで!ゲームではあんたみたいな派手なモブ、いなかったのに!ピンク髪はヒロインである私の特権なのに…!!」
(……ん〜あー、この世界、どうやら乙女ゲーかなんかの世界なのかな〜?だからカラフル遺伝子乱舞してんのか〜なるほど〜?
いや、でも。そんなこと私に言われても、私は私自身の意思で今を生きてるし。そもそもスクラブ?ん?洗顔料?みたいな名前のゲームなんか知ったこっちゃないしなぁ〜…。うん、ここは大人らしく冷静かつあざとい幼女的な感じで、「私分かんなーい」ってことを波風たてずに言った方が吉ですな!おっしゃ、演じきってみせるぜ。純新無垢なモブ幼女ってやつをよォ…!!)
と、この思考に至るまでの時間は、およそ2秒ほどだった。
ちなみに、隣に居たお姉ちゃんは「うわ、ヤベー奴来た」といった顰めっ面をずっとしていた。
「え、えっと、すみません。何言ってr」
「何よ!ブサイクモブの癖に!その顔で私の立ち位置になり変わろうっての?!そんなの不可能に決まってるじゃない!ヒロイン面していられるのも今のうちよ。覚悟しときなさい!」
そうして、人の話をミリも聞かず。自分が言いたいことだけ言ってサッサと向こうに行きやがった姫咲を見て、(うわぁ〜いくら顔が可愛くてもこれはナイわ〜。なし寄りのナシだわぁ〜)と思いながらも。多分、この時の私は絶対にチベスナ顔してた。
少なくとも横にいたお姉ちゃんはそうだった。その顔で「えんがちょ」ってしてた。
「…え?何、今の。精神異常者?」
「あー…異世界転生者でヒロインな私♡ってやつ?ホントにいるんだね…」
「ゼミで見たことあるヤツだ!」
「あはは!まさにソレだ〜!」
「…と、まあ。おふざけは置いといて…どうするの?アンタ。なんか、とんでもないのに目を付けられたみたいだけど」
「うーん。何事もなく平穏に日々を過ごしたいんだけど、無理かな〜、これ」
「…しんどくなったら、私のクラスに避難してきていいから」
「あざっす姉貴。マジ美人。マジ絶世の美女」
「知ってる」
双子故にクラスを別々にされたお姉ちゃんに肩をポンポンされながら教室に向かえば。それから始まったのは、まぁ、陰湿な嫌がらせの毎日だった。
そのかわいい顔を武器に。姫咲 桃菜はクラスの中心人物となり、色々なことを仕掛けてきた。
クラス全員からのガン無視はもちろん。物は隠されたり壊されたりは日常茶飯事。学習のチームわけでは都合上、渋々一緒になってくれるが仕事は私に丸投げ。且つ、作業も色鉛筆を折られたり画用紙を破かれたりと地味に妨害される。
そして恐ろしいのがこれらのイジメに加担している全員が、姫咲 桃菜の為に自主的に動いているということだ。
どういうことかと言うと。まず、姫咲が「私、あの子のこときらーい。みんなもそう思うでしょ?」と言えば彼らはその意見に同調し、一緒に陰口を叩く。
「今日、北村さんからこんな事言われて…」と言えば。かわいい彼女を守ろうと、正義の鉄槌とばかりに実害を加えてくる。
そう…彼らは自分たちのしている事を決して悪い事だとは思っていない。
さながら、日曜朝から始まるヒーローショーのように、かわいい女の子を虐める悪をやっつける正義のヒーローだと信じて疑わないのだ。
「いや…それにしても不自然すぎ無い?」
「うーん、そうだよね。周りに流されやすい、善し悪しの知識も曖昧な低学年の頃ならまだしも。高学年になった今なら姫咲さんの言っていることが破綻しているってわかるはずなのにね」
「奴ら、アイツの言うことが全て正しいと信じて疑わない。疑おうともしない」
「まあ、そんなこんなだから。今の私の状態がある訳ですがねぇ?」
──小学5年生になった時。
さすがに、延々と続くイジメに学校側が危機感を感じたのか。私はお姉ちゃんと同じクラスになった。
と、言うのも。4年生の時、私は男子からの執拗な攻撃により左の腕を骨折するという大怪我を負ったのだ
これにはいじめていた男子3名も真っ青だった。それはもう、怪我をした私が「え、ちょ、大丈夫?」と逆に聞くくらいには、真っ青だった。結果として、両親とお姉ちゃんは激怒し、大魔王になった。
加害者側の両親ご家族が可哀想になるほどに、病院の床に額を擦りつけていたのは、未だに鮮明に覚えている。
父は「出て行ってください。今はあなた達の顔を見たくない。出ていかなければ今にでもあなた達を殴ってしまいそうだ…!!」と、拳が血で滲むほどに握り、怒り。
母は「愛花…どうして言ってくれなかったの…!」と、大泣きし。
お姉ちゃんは「ごめん…ごめんね…っ!私、私がっ、もっと一緒に居られたら…っ」と。前世今世合わせて、今まで見たことがないくらいにボロボロ涙を零した。
…まぁ、骨を折って入院とか、前世ではそんなこと1回もなかったし。それを知ってるお姉ちゃんからしたら、もう気が気じゃなかったんだろうけど。周りがこっちが悪寒を感じるくらい怒ってたから、逆に私自身は冷静になれた。結果、終始私は宥め役に徹する事になった。
結局、男子生徒3名は7日間の停学処分。その間に反省文を10枚書いて提出すること、という罰を受け。彼らの両親と本人達からは謝罪のお手紙と品物がわんさか送られた。あの時はお姉ちゃんと2人で、時間の許す限り、お見舞いのお菓子でティーパーティーを病室でしたものだ。
私は完治するまで3ヶ月ほど、左手の使えない、少し不自由な生活を送ることとなった。
──しかし、恐ろしかったのはこの事件後。退院して翌日の事だった