荒野を修羅が往く
「……」
目が覚めると、日が沈んでいるような状況だった。
どれだけ気を失っていた? あの『機人』は何処に行った? 撃退したのか? いいやそんな訳が無い、あの男に俺が敵う筈がない……では、なぜ俺は生きている? それより、何か、誰か――。
「――レインっ!」
勢いよく起き上がったため、体中に鈍い痛みが走った。やはり俺個人の結果ではなかった、俺は間違いなくあの瞬間、頭骨を砕かれるほどの一撃を受けていた。なら、何故殺されていない? 決まっている、あいつが、あのクソお人好しが何かしたに違いない。
「何処だ……レイン! いるなら返事をしてくれ! 頼む!」
不安が、生きている事に対しての喜びを喰らいつくす。こんなにも恐ろしく冷える夜は無かった、こんなにも熱が奪われたような悲しさを知らなかった。怖い、怖い! いないのか? では、本当に……いいや諦めるな、あいつが死ぬわけがない。きっと、どこかで、ああ、ああ……!
「れいん」
膝をつき、言い表しようのない感覚が脳を覆う。辛い、痛い、寒い。どこまでも暗い地平線に眩暈を覚えながら、俺は、俺は……俺は自分の拠り所を失った。
「レぇええええええええええええイィぃいいいいいいいんんっっっぅづヅヅヅッッッ!!!!!!!!」
目の前に倒れている、これは、女の子だった。仰向けに倒れ、背に鉄の棒が突き刺さっていた。辺りは血の海、誰の血だ? こいつの血だ、綺麗で、ずる賢くて、でも一緒に居ると安心できたアイツの体の中を流れていたアイツの血!
「あああ、あああっ……なんで、なんでだよ」
どうして、立ち向かった。軽い尻を振りながら逃げればよかったのに。
どうして、奪ってきた。ろくに父親らしいこともしてこなかったくせに、母さんを心から愛さずに、遠くばかりを見つめていたくせに。
どうして。
どうして。
立ち上がれなかった?
どうして、こいつの悲鳴に気付いてやれなかった? どうして、負けた? 負けなければこいつは戦わなかった、死ぬことも無かった! そもそもどうしてあの時、こいつを振り払おうとしなかった? 忠告はした、いいやそんな事でこいつは止まらなかった。無理やりにでも振り払うべきだった。むしろ、寧ろこいつを死に追いやったのは。死ぬだろうと分かっていて『見捨てた』のは俺の方なのではないか? じゃあ、つまり、ということは。
「……おれの、せいだ」
怒りは、体を温めた。血だまりのほのかな暖かさはすぐに冷めていき、彼女の生きた証が消えうせて言っている事を表している。俺の怒りは、自分への不甲斐なさへの追及であり永遠の罪へとなり果てた。
「……ホォオォォエン、ハイム……」
矛先は、既に定まった。
「パラケルススホォォオエンハイムゥウウウウウウウウウウウウッヅヅヅヅッッヅゥゥヅツッ!」
何が幸せだ、何が復讐を果たした後の事を考えるだ。
お前は今、その記号を失った。復讐の泥から救い上げてくれるはずの彼女を、よもや泥の中に引きずり込み、殺してしまったのだ。
お前に幸せになる権利は無い、お前に許されたのは、愚かなお前を救おうとしてくれた彼女の仇を討つことである。
黒痣が輝く、痛みはむしろ罰を滅する薬のように感じた。そのまま蝕むがいい、俺の……不甲斐なき俺の甘ったれた魂を、体を、これまでの無駄な所業を。
かくして俺は、彼女に刺さった鉄の棒を抜き取った。血を払い、歩き出す。目指すは奴のいるであろうイギリス。――殺してやる、ぶっ殺してやる。光り、傷み、赤く輝く痣は……まるで地獄の鬼火のように、線路が敷かれた荒野を照らしていた。