おかえり
「私はなぁ、路地裏に捨てられたんだ」
いつも通りの口調に戻っていた。俺は流石に動揺を隠せず、声を出して……その後に口を押さえた。
「ひどい雨の日だったんだよな、今でも覚えてる。親にそこで待ってろって言われて……ずっと待ってたんだよ」
「……結局、来たのか?」
「来てたら今頃お前は死んでるし、そもそも私は旅なんてしてないし、今頃はさぞかし美しい娘になって……玉の輿にでも乗っているんじゃないか?」
冗談を言う時の口の吊り上がり方が、いつもよりも無理をしているような気がした。溜息も多く、心底つまらなそうな……そして微かな、怒りもあった。
「本当に、本当に唐突に理解してね……すぐに私はゴミ箱を探して漁ったよ。腹が減ってたから生ごみを口に詰め込みまくって、それから日雇いの仕事を転々として……色々あって多少まとまった金が手に入ったから、旅でもしてみようかと思ったんだよ。理由なんて無い……誰も居ない、同じ建物に何度も出入りしてると、泣きすぎて動けなくなってしまうからね。今まで作ってきた家は、残らずダイナマイトで吹っ飛ばして来た」
文章を読み上げるかのような口調。俺が何かを言う前に……レインは立ち上がって。
「トイレ」
そう言って、部屋の外に向かって行った。
「……」
ガチャン。閉まる扉の音が透明に響いて、俺は急に自分をぶん殴った。理由は単純だ……俺は取り返しのつかない事を彼女に言ってしまった。彼女に親はいないも同然だ、生きていくためには何でもするしかなかった……生活リズムや生きていく上での常識が狂っていてもおかしくない。それを俺は、仮にも最後まで親から愛されてきた俺が罵った。
「……ごめ――」
云おうとして、それは単なる逃げだと気づいた。俺は楽になろうとしている……これから長い時間を共にする彼女と気分を悪くしたくないから、取りあえず許してもらおうとしている……謝罪を本当にしたいのならば、俺は彼女に許してもらうだけではだめなのだ。
廊下に鳴り響く足音。寂しげな、足音を聞きながら……俺は精いっぱいの、俺なりの謝罪をすることにした。――ドアが、開いた。
「さて、そろそろ飯が来るから片付け――」
「おおっ、おかえりっ! レイン!」
どんなに嫌がられても構わないという想いで、俺はレインに抱き着いた。同時にすごく恥ずかしくなってきて……いや、凄く危ないことをしている事に気づいて、ゆっくりとレインから離れようとした。
「まだだ」
襟首を掴まれて、思いっきり引き寄せられて抱きしめられた。照れ隠しに軽い冗談でも行ってやろうとすると、彼女の方が上下しながら嗚咽を漏らしている事を察した。
「……」
安易な誤りなんてしてやるもんか。俺は目尻に貰い涙を浮かべながら、この少女に負けないぐらい強く抱きしめ返してやった。