カルナの父親
『13号室』と書かれた板がぶら下げてある扉の前に立つ。レインは掌の上で弄んでいた鍵を差し込み、回す……やけに耳に残る金属音が響くと同時に、薄暗く決して広くない部屋の全体が現れた。
「不衛生な宿だな。大人ならともかく、子供が寝食を過ごしていい場所じゃない」
「……おい、レイン!」
俺の呼びかけを無視して、レインは背負っていた荷物を部屋の隅に放り投げた。そのまま我が物顔で部屋の電気を付ける……危なげに点滅した後、弱弱しい光が部屋の中を照らした。
「親子って何だよ、何で嘘ついたんだ。謝りに行こう、今ならまだ間に合う……ほら、お前お得意の家作りでもすればいいじゃないか、なぁ?」
「何を言っているんだ、そんな事をして何のメリットがある? 貯金がもう無い……お前には悪いが、手を汚してもらう」
「……! お前の親の顔が見てみたいな、そんな簡単に……」
言い返そうと思ったが、一文無しの俺は何も言えなかった……仕方ない、仕方ないと心に強く念じた。ようやく育ってきた信用の芽が、こんなに簡単に摘まれてしまうのが悲しかった。
「……すまないな」
そう言ってレインは、着ていた分厚い服を脱ぎ始めた。そこからはやけにほっそりとした、木の枝の様な可憐な少女がいた。本当に……本当にこれで大人の女性なのか?
「そんなに怖い顔で見つめられても、女は寄ってこないぞ」
「別に、そんな目で視てない」
険悪なムードになっていくのが嫌でも感知できた。俺は今すぐにでも部屋を飛び出したい気持ちと、この重苦しい空気をどうにかしてほしいという他人頼みの気持ちでいっぱいだった。
「……なぁ、君の親ってどんな人だった?」
気を紛らわせるつもりで着替え始めると、レインが突然質問をしてきた。答えるべきか迷ったが……俺自身もこの空気感に堪えられそうも無かったので答えた。
「どっちも優しかったよ。母さんは綺麗な金髪で、父さんは落ち着いた感じの……普通の人間って感じ。でも夫婦仲はあんまりよくなかったのかな、いっつも同じ家の中で……距離を取って生活してたよ」
「……その父さんって言うのが、機械殺しの英雄なんだね。昔から強かったりしたのかい? まさかだが、数十年前に失われた『魔法』でも使えるのかい?」
何度も聞かれたことを、また聞かれた。みんなそう言うんだ……君の父親、パラケルススは強かったのか? 何か特別な力でも持っているのか? と……その度に、俺は困った顔でこう言わなければいけない。
「……全然、強くなかったよ」
「は?」
その顔も、何度も見て来た。そう……僕の父親は強くなかった。むしろ弱かった……一度だけ俺はチンピラに絡まれたことがあり、父親が身を挺して守ってくれたのだ……僕を抱きかかえて、背中を蹴られまくったのだ。その証拠に父親の背中には大きな痣が残った。
「待て待て、それじゃあ話が違うじゃないか。君の父親は当時の兵器やら何やらをそよ風ぐらいにしか思ってない『機人』の親玉を単独で倒したんだろう? そこら辺の不良の十人や百人……殴り倒せないなんてありえない」
「俺だってびっくりだよ。決して手を出さなかったあの父親が……俺の目の前で、素手で『機人』を破壊したり、鉄の棒一本で『機人』の親玉を瀕死にしたんだ」
今だって分からない。何故父親はあんなに強いのにやり返さないのか……何故自分の妻との仲があんなに悪いのか……様々な謎を残し、死ぬほど苦しい棒術と格闘術だけを残して逝ってしまった。
「……そうなんだな」
やけに小さな声だったから、ついレインの方を見てしまった。
「じゃあ、次は私の話をしようか」
燻っていた俺の葛藤なんて小さく思えた。開かれたレインの口から、彼女自身の過去があぶり出されていった。