男手一つ応援キャンペーン
思っていたよりも日が落ちるのが早かったのではない、町にたどり着くまでに時間を消費しすぎた。人間がごった返している町は暗く、街灯の光だけが頼りだった。墨汁を零したかのような空の色、そこに浮かぶ星を見るたびに疲れが増していく。
目の前の少女を見失わないように、必死に人の波をかき分けた。来たことも無い町だと不思議なぐらい不安になる、そうすると知り合いに依存する……幼児が母親の背中を追いかけるような感覚さえ覚えた。俺の事なんて気にせず、どんどん前に行ってしまう。
「着いたぞ……っと、どうした?」
いきなり立ち止まったレインに、勢い余ってぶつかってしまった。俺は謝るべきか他の何かをするべきかを考え、頭の後ろに手を回した。他人の群れの足音がうるさかった、人一人の声など、聞こえる訳が無い。
「……?」
わざとらしく「聞こえませんでした」と言いたげなポーズを取る。様になっているとは思うが、レインの表情から「馬鹿にしているのか」と言いたげだと言う事が伝わった。何やってんだろ、俺。
「何を照れてるんだ君は。まぁいい腹が減った、さっさと入ろう」
「あっ……」
レインは俺の服の袖を掴み、身の丈に合わない程の力で引っ張った。おかげでバランスを崩しかけ、どうにかして踏みとどまった。俺の袖を掴みながらなのだろうか、やけにぎこちない様子でドアを開けた。小さなベルの音が鳴り、店主と思われる中年が新聞から目線を移した。
「……」
挨拶も無し、すぐに新聞に目を戻した……不愛想にも程があるが、治安の悪そうなこの街では当たり前なのかもしれない。用心しておくことにしよう……。
(野宿をしたくなければ話を合わせろよ)
「は?」
俺が、何の話だ? と聞く暇も無かった。レインは俺の袖から手を離し……あろうことか、店主が居座るカウンターに飛び乗ったのだ。俺は焦った、いきなり何をしているんだ!?
気でも狂ったのかと思った俺は、レインの元に近寄ろうとした。
「すっごく綺麗なホテルだね! ねぇパパ、今日ホントにここに泊まるの!?」
「――」
本当に気が狂っているらしい……と、そう思ったが違うようだ。レインの頬が微妙にひきつっている、指先もやけにせわしなく動いている。話を合わせろというのは、もしや……。
「……あ、ああ。そうなんだよ! そうそう、うん」
「……」
何を考えているんだお前、苦笑いのままレインを見る。店主が不審そうな目を向ける中、レインは顔をしかめた後、人差し指をある方向に向けた……細心の注意を払いながら、俺は目線だけ向けた。そこには張り紙があり、「男手一つ応援キャンペーン」と……どうやら父親と子供で泊りに来れば、いくらか代金を安くしてくれるらしい。
「……元気な娘さんだな」
「えっ!? はっ、そうですね! もう毎日大変で……あっ、泊ってもいいですか⁉」
そう言うと店主は片手に鍵を、もう片手に掌を見せて来た……それを見たレインは鍵を奪い取り、ポケットの銀貨を何枚か渡した。そうしてカウンターから降り、鍵をまじまじと眺めた後。
「『13号室』だって! 早く行こうよ、私お腹ペコペコ!」
階段を元気よく上るレイン、店主の死角に入ったのを確認したのか……「早く来い」と言いたげに手招きをしてきた。俺は店主に心の中で謝り、でもやっぱり現実でも謝り……レインを軽く睨みながら階段を上った。