次の街へ
高い所から飛び降りることに恐怖を感じていたのは何年前までだっただろうか? いろいろな怖いことを経験しすぎて、もう何が怖いのか……頭の中で探してもあまり見つからない。――慣れたんだろう、要は。誰だって初めてが怖いんだ。
「そんなに気張らなくても大丈夫さ」
耳元で囁くような声。しっかりと背中から手を回し、足で俺の腰をがっちりと掴み……それだけでは不安だからと、俺がロープで体を結んだ。これだけきつく結んでしまえば痛いことは分かってはいるが、俺の背中が軽くなって……動かなくなったこいつを見るかもしれない未来を考えると、恐ろしかった。
「列車から跳び降りるのは初めてかな? 私もまだ一度しかないが……やってみれば案外簡単だぞ? 体を丸めて衝撃を受け流すんだ、こぅ……膝を抱えて」
「そんなに簡単に言わないでくれ。それ、地面の上を転がるってことだろ? もしも背中から落ちたら……お前は」
ぎゅっ。腹の下あたりが押されるような感覚がして、反射的に沈んでいた瞼が無理やり引き上げられた。
「私は君を信用しているから君にしがみ付いているんだ、君も私を信用して跳び降りろ。いざとなったら私が補助してやるから」
「……そりゃ、頼もしいな」
「少しは自分の相棒を信用しろ……というか早く跳べ、この状態の汽車を見れば現地で大騒ぎになるぞ」
急かすようにしがみ付く力を強めてくるレイン、言っている事がどれだけえげつないか分かっているのだろうか? まだまだ近くの岩がすっ飛んでいく速度の汽車からだぞ?
「――さぁ……跳ぶぞ!」
勢い良く線路の無い方向に跳ぶ。一瞬、レインと背中の間に隙間ができたが心配することは無かった、よかった……きつく結んでおいて。
(体を丸めて、衝撃を殺す!)
空中で身を捻りながら……なるべく縮こまるような態勢のまま、俺とレインは地面に叩きつけられた。初めの数回は飛び上がり、次からはゴロゴロと為す統べなく転がっていく……十分な衝撃と痛みが全身を伝った。しばらくして俺は自分がうつ伏せのまま倒れているという事を知覚した。足元がふらついていたからゆっくりと起き上がり、自分にしがみ付く細い腕に触れた。
「……生きてるか?」
「痛い! 即ち! 生きてる!」
そう言ってレインは俺から手を放し、俺の腰にさしてあるナイフを抜いてロープを斬った。いきなり重心が前にそれ、俺は顔面から地面に倒れた。ただでさえ朦朧とする意識……謝罪の言葉と同時に、レインが肩を貸してくれた。
「初めてにしては上出来だ相棒。凄いな、私は骨が何本か折れてたのに」
「やっぱり超危険じゃねぇか! クソッタレ!」
「なんだ、元気なら自分で歩け」
手を離され、俺は再び顔面から地面に突っ込んだ。起き上がると同時にこいつをぶん殴ってやろうかと思ったが、正直面と向かってみると……どうでもよくなってしまった。
「線路を少し迂回して歩こう。この先には村……いいや、私の見立てだと大きな町があるはずだ。今日はもう遅い、宿谷で飯でも食ってベッドに潜り込んでやろうじゃないか」
そう言ってレインは先陣を切って歩き始めた。俺は慌てて線路をまたぎ、レインの小さな背中を追いかけた。こうしてみると、今更ながら生きている実感が湧いてきたのである。