頭だけ残って
汽車の屋根に棒を突き刺し、しっかりと踏ん張れるように自らをロープで括りつけた。今日の俺は運がいい、あと数時間は黒痣の激痛が来なさそうだったからだ。
(それもこれも、全部レインのおかげってか)
いかん。緩む心を引き締め義手の照準を合わせる。――今だ! 義手からワイヤーが真っすぐ飛び、追加で二本三本……最後の四本目以外が車両に突き刺さり、しっかりと固定された。準備は整った……あとは、このダイナマイトに火を付けて……あれ?
(……無い、無い……やっぱり無い! ちょっと待て、確かにマッチを持っていたはず)
恐らく、此処まで来るどこかで落としてしまったのだろう。あれだけ激しい動きをしていては、ポケットにチャックでもついていない限り落としてしまうのは必然だった。問題はそこではない……火をつける手段が、連結器を破壊する手段がない! ワイヤーを使っている状態で空弾は使えない、時間も無いというのに!
(どうする!? 一旦レインの元に戻るか⁉)
その考えはすぐに引っ込んだ。もう、すぐそこにまで盗賊達の群れが迫っていた。しかも奴らはまだ破壊していない車両を攻撃していない。前へ、前へ進んでいる。つまり、先頭車両を破壊しようとしている!
「――っっ!」
一か八か、この状態で空弾を放つ。火薬は刺激があっても爆発するはず……最悪、空弾で連結器を破壊すれば、後はどうにでもな……。
「ぐぅおっ……あっ、くそっ!」
しまった、手から滑り落ちてダイナマイトが! 届かない……しかも何と言う事だ、俺まで落ちてしまった! このままではダイナマイトは後方の車両を吹っ飛ばす……連結器を破壊する手段は無くなる。しかも俺は死ぬ! そうなれば奴らは先頭車両を破壊するだろう、俺を信じて前だけを見ているレインを殺すだろう。
(……すまねぇ)
俺は、色んな事を思い出した。両親が生きていた時の事、ある日いきなりそれが覆されたこと……父親が目の前で死んだこと、復讐の為だけに数年を無駄にしてしまった事。短い間ではあったが、一緒に居て楽しかった強気な女……あれ、やけにリアルな走馬灯だな……。
「し、ぬ、なぁっ!」
いきなり引っ張られたような感覚……俺は混乱していた、死んだのか? 考えることも許されず、俺の義手は乱暴に車掌室に向けられ。
「ワイヤーを出せ!」
思わず最後のワイヤーを放つ。俺の体はそのまま引っ張られ……しがみ付いていた少女、レインと共に車掌室に投げ出された。同時に先ほど落としたダイナマイトが起爆し、連結器が破壊された!
「――ううぅぅうあうぅあううあああああああああああああああ!」
考えるよりも先に体が動いた。義手のワイヤーを全速力で巻き取ると、ボロボロになった車両の残骸が地面に削られながら荒々しかった。それは、左方右方両方でバズーカを構える盗賊達を片っ端から薙ぎ払っていった。
「……っっ! ふぅん!」
ワイヤーの先のアンカーを解除し、迫りくる車両の残骸に空弾をありったけ喰らわせた。残骸の一部は体に跳んできたがいずれも小さい……レインを庇うように伏せながら、俺はひたすら打ち続けた。
「カルナ!」
不意に、頬を叩かれた。頭に血が上っていた俺の視界がきちんと意識に結び付き……俺はきちんと正常な判断を下した。
「……もう、敵はいないよ」
そう言って、レインは俺を抱きしめて来た。フラッシュバックしたように、何があったかが頭の中で繰り返される……。落ちたあの瞬間、レインにつかまれた。俺はワイヤーで前の車両に飛び移り、作戦通りに盗賊どもを薙ぎ払った。
「……そうだな」
俺は、強くレインを抱きしめ返し、深く安心して「生」を実感した。あれだけ長かった鉄の蛇は、残った頭だけで線路の上をはいずり回っていた。