76-童貞返上アタック
……寒い。
久しぶりに寒さを感じた。最近は魔法のおかげで周りの温度を感じる機会がなかったからこんなのは久しぶりだ。
……とにかく温めないと。熱血。……あれ?
体を温めようとしたが魔法が発動しない。それどころか手足の感覚がなかった。
……え? 体も動かん。目も開かねえよ。
自分がどういう状態なのか全くわからない。だから、記憶を探っていく。
……ええと、ミノタウロスの兄弟と戦って。ああ、俺がびびったのか。で、そのあと、アイラに魔法を使わせようとして……。
すべてを思い出した。俺は魔力の限界が迫っているときに冷気を発して氷点下の場を作る『コールドフィールド』と対象を温める『ヒートコート』を使ったのだ。それだけなら問題はなかったがその後だ。アイラにただただ魔法を使わせたら暴発してしまう。だから、アイラに暴発させないため自分の魔力を直接アイラに流しアイラの魔力と自分の魔力を相対させ、威力を絞ったのだった。
……よくあんなことできたよな。
今思えばあれは奇跡だったのだろう。普通だったら俺がアイラを攻撃しているようなものだからアイラがダメージを受けてしまう。もう一回やれと言われてもできるかわからない。
……そのあとは、ええと。……倒れたのか。
そのとき気づいた自分は氷点下の場で魔法も使えず無防備な状態で寝ているという事実に。冷凍庫なんかで寝てしまったら風邪なんかじゃすまされない。普通に低体温症で死んでしまう。もちろん自身の魔法がもうきっているからこれ以上寒くなることもないし、だんだん温度は上がっていくだろうがその前に俺が死んでしまう。
……起きろ、起きろ、起きろ。
意識は覚醒しているのに、体が一切言うことをきかない。脳からの命令が神経を通り、筋肉に伝えられることはなかった。
……まだ死ぬわけにはいかないの。仲間と楽しいことがしたいし、童貞だって卒業してない。
こんだけがんばってその結果が凍死では意味がない。
……それにアイラも危ない。
あそこは水で急上昇させられたところだったからダンジョンのどの部分かわかっていない。俺の冷気もどの程度まで広がったかわからないし、わからないことだらけだ。それなのに、俺を背負ったりしたら行程が遅れ、2人凍死してしまうリスクもある。
……2人揃ってもダメ、見捨てられても俺は死ぬ。まさにデッドエンド。いや、そんなこと言ってる場合じゃないし。
体が動かないせいで自分では何とかできない状態に歯噛みする。
……せめて体が動いてくれたら。うっ!?
ないものねだりをしていたら急に口から何か熱いものが入ってくる感じがした。その熱は体中を周り自分の感覚を取り戻してくれる。寒いのは変わらない。でも自体は好転した。これは魔力だ。魔力があるなら寒さを感じない温度を調節して、凍死する未来を避けられることに喚起する。
……てかこれなんだろ。
急に口から魔力が入ってきた。今口を付けているものは温かく、柔らかく、甘い。ずっとつけていたいと思うほど病みつきになる。
体温を調節して目を開ける。視界に広がるのはプラチナブロンドの髪が少し目にかかり、目は閉じられているせいで長いまつ毛が目立つ美少女の姿だった。俺の口に触れているのはその少女、アイラの口とわかる。
……き、きききき、キス!?
起きたらキスをしていた。その事実に驚きしか隠せない。幸い、まだ体をうまく動かせないので驚いた拍子に抵抗することを避けることができた。こんな役得二度とないかもしれない。一生分の幸せをかみしめるように唇の感触を堪能する。
……て、待って、待ってよ俺の性欲。ちゃんと仕事しろ俺の理性。
自分の中で2つの勢力が動き出す。黒いツノに黒いしっぽが生えた『本能』と書かれたTシャツを着た悪魔のような見た目の自分。金の輪っかに羽が生えた『理性』と書かれたTシャツを着た天使のような見た目の自分。
「こんな幸運二度とないかもしれないのだぞ。これを思う存分堪能して何が悪い。長かった。まことに長かったぞ19年。異世界にきてケツ穴を掘られたときはもうムスコは使わないとも思っていた。それが今まっこうのチャンスなのだ。」
≪本能≫が先に弁論を始める。
「我、勇者アイラを真に落とすため、己が童貞をここに返上する!」
……やめてー! それ落とすどころじゃないから。真に嫌われるから! 犯罪だから!
「童貞返上アタック!」
「やめてください。これだから本能は」
≪理性≫がこれだから男子が的なノリの女子のように反論をしてきた。
「そもそも、これは延命治療を目的としたキスです。いま流れてくる熱を感じるでしょう。アイラは俺に魔力を流しているのです。それに欲情して襲おうなど最低です」
……うんうん。
「だいたいこんな最低人間の何がいいんですか。彼女いない歴=年齢の人間で。彼女が欲しいからと親からの仕送り金を出会い系につぎ込む不始末ですよ」
……あれ? 理性さん?
≪理性≫のいう言葉が正論からだんだんと自虐へと変わってくる。
「異世界行ってちょっと強いからって調子乗りましたか。俺のやったことなんて魔法が苦手なら剣術を学ぼうとか、魔法を撃つために威力を調整してあげたとかじゃないですか。そんな人を導いたり、教えたりなんて大勢の人がやっています。人の学んだことなんてほとんどは他人から教わったことです。独学なんて天才くらいです。教えたくらいでそんなチャンスが巡ってくるなら教師は全員生徒からモテモテです」
……やめて、もうやめて。
そのときTシャツの『理性』と書かれた部分が剥がれ落ちた。そしてTシャツには『理性』ではなく、『悲観』と書かれていた。
……理性さーん。俺の理性はどこに行ったの?
「「さあ俺、どっちに決める?」」
2人が俺にどちらの選択をするか決断を迫られる。
ドクッ
そのとき俺の体に異変が起こった。さっきまで心地よかった熱が急に暴れだした。外へ外へ出ようと俺の体を鉢切るように体中を蠢く。
……何これ?
熱はどんどん外へ出ようとしているのに体の中に入ってくる熱は増え続けていく。
……これは許容量を超えたんだ。
アイラの魔力は俺の約150倍だ。そのアイラが思うがままに魔力を送っているのだ。簡単に俺の許容量を超えるに決まっている。
……はやく辞めさせないと。
魔力を動かす。全身を熱血で温め神経を起こし、無理やり手足を動かした。アイラの肩を押して唇を離す。
「もういいよ」
「キリュウ!」
俺の目覚めに気づくとアイラは抱きしめてきた。
……あれー? この子こんな大胆だった?
「良かった。生きてて、生きてて」
俺が生きていて喜ぶアイラに困惑する。そんなに心配されたことに嬉しさを覚えた。自分がこんなに心配される人間だなんて思ってもなかった。
抱きしめ返そうと思いアイラの背中に腕を回そうとしたときに奥の扉がバン! と開いた。
「ウミヘイ様! 城全体の水回りが止まりました。いったいどうしたと……」
扉から出てきたのは魔族の兵士。2人の死体と抱き合う俺たちを見てすぐに敵認定されたとわかった。
某ゲームの英雄が女神を助けるセリフを下ネタに使ってしまった..。
次回 2章終了




