聖女リリアナ
遅くなってすみません……
私は母の顔を覚えていない
知っているのは先代の聖女であるということと私を産んで間もなく亡くなったことくらいだ
でもそんな顔も覚えていない母でも少しだけ覚えていることがある
それは朧気ではあったがとても印象深く残っている子守唄だ
歌詞はさすがにその頃は分からなかったがそれでも鼻唄まじりに今でも口ずさむことはある
とても穏やかな気持ちになれて唯一母が私に残してくれたものなんだと思える暖かなものだ
幼い頃から寂しかったりした時に子守唄を口ずさむことで寂しさを紛らすことが多かった
そして私は父のことがあまり好きではなかった
父は教会で教皇としての地位についている
昔から聖女になるのだからとああしなさい、こうしなさいとそんなことばかり私に言ってきた
正直うんざりだった
外で孤児の子達のように一緒に遊んでたいと思っていた
でも1度も私は同年代の子と遊ぶことは出来なかった
それどころか教会から出ることすら叶わなかった
小さな部屋が私にとって全てでどうしようもなく、でも窓から見える景色にずっと憧れ続けていた――ここから出ることは出来ないのに
それから私は子供に似合わずどこか諦めた表情をするようになったらしい
それが教皇にとっては気に入らないらしい
教会の顔になるべき聖女が暗い顔など教会の威信に関わるとかなんとか
でもだからといって私は捨てられることはなかった
なにせ特別な子供だから
そもそも捨てようにも私を動かすことが出来ない
だって私に触れることが出来ないのだから
しかもそれは奇跡の力によるものだ
だからこそ私の扱いに教皇は困っていた
そうして7歳の頃だろうか私の世話係として1人のシスターが部屋に通うようになった
そのシスターはどこか抜けていていつもミスをしていた
でもずっと笑顔を絶やさずにいた
その笑顔が眩しくて羨ましくて……
最初は教皇の差し金だと分かっていたのでずっと不貞腐れていたように話しかけられても黙っていた
でも彼女の話す外の話がとても面白くて気になってしまった
そうして彼女と出会って数ヶ月、私は自然と笑っていられるようになった
ずっと彼女は外の話を聞かせてくれてあまりにも私が楽しそうに聞いてくれたのが嬉しかったらしく1度だけ周りの目を盗んで外に連れ出してくれた
――でも無計画な外出はすぐに騎士に見つかり私たちは捕まってしまった
そうして私は部屋にまた閉じ込められることになった
当然勝手に外に連れ出そうとした彼女とはそれから会うことは出来なくなった
騎士には彼女が教会を辞めたとだけ聞かされていた
「そういえば彼女の名前聞いてなかったな……」
彼女の話を聞けなくなったのはもちろん辛いがそれ以上に名前も知らない友達に会えなくなったのがもっと辛かった
どこかで幸せに暮らしていることだけを祈るしか無かった
それからまた私は表情が暗くなっていったそうだ
だがまた余計なモノを近づけさせる訳には行かないと今度は世話係にとても怖い老婆がつくことになった
目つきも口調もきつく最初は怯えていたが、私の心配をしてくれている事はわかった
なので今回はこちらから話を聞こうと彼女に名前を尋ねた
「あなたは誰ですか?」
「アタシはスザンナ。一応教会でシスターのまとめ役をしているものさね」
スザンナは一瞬驚いた顔をしていたが自己紹介をしてくれた
それからスザンナに対して色んなことを聞くようになった
あのシスターが教えてくれたことで気になることがたくさんあったのだ
あれもこれもとたくさんの質問に正直スザンナは困っていたと思う
でも嫌な素振りはせずに一つ一つ丁寧に答えてくれた
それがとても嬉しかった
――でもそれがとても怖かった
またあのシスターみたいにどこかに行ってしまうのではないかと不安に思うのだ
だからつい聞いてしまった
「スザンナは辞めてどこかに行ったりしない?」
その時のスザンナは怒ったような驚いたような悲しいようなそんな複雑な顔をしていた
「……アンタ、イリスがどうなったのか知らないのかい?」
「イリスって誰?」
「なんだい、ここに前いたシスターの名前も知らないのかい」
その時はっとしてようやく名前が分かったことに喜んだ
「彼女はイリスっていうんだ!誰も教えてくれないままいなくなっちゃったから寂しかったの」
「その様子だと知らないようだね」
「え?イリスは教会を辞めてどこかで暮らしているんじゃ……」
「……そうだといいね。それにしても……はぁぁあのタヌキ爺やってくれたねぇ」
その時のスザンナの顔は忘れられないくらいとても恐ろしかった
まるで物語に出てくる『鬼』が背後に見えた気がしたから
「リリアナ、よくお聞き。この教会のヤツらのことを何も信じちゃいけないよ。ここにはロクな奴がいやしない。でももし、アンタに救いの手を差し伸べてくれるようなお人好しが現れたらその手は絶対離すんじゃないよ」
言ってることがよく分からなかった
私は教会は嫌いだ
だから誰も信じてなんかいない
それでも信じていたのは長く諦めずに話してくれたイリスやスザンナくらいだ
よく分からないけどスザンナの言うことは疑いたくない
だから私は言うことをちゃんと聞こうと思う
「うん、分かった」
「いい子だね、それとごめんね」
そういって今までで1番優しい表情で頭を撫でてくれた
なんとなく分かってはいた
あの質問に対して答えも貰っていないし唐突にこんなことを言うんだからきっとスザンナも戻ってこなくなるんだって
でもスザンナがすごい覚悟があったのが幼いながらも分かっていたから私は止めることが出来なかった
この後スザンナは戻ってくることはなく、また私はひとりぼっちに戻ったのだった
この時の私は知らなかったがスザンナは教皇に直談判をし、反感を買ってしまった
そうしてスザンナはできる限りの孤児やシスターを連れて教会を去っていったそうだ
なぜそんなことをしたのかはすぐに知ることになる
何せ私がそれを目撃したことで私にその役目が回ってくることになるからだ
でもそれで良かったんだと思う
私は特別な子供、奇跡を見に宿す聖女なのだから
だいぶ前回から時間が空いてしまいました……
申し訳ない……
実は明日からまた投稿まで時間が空く可能性もあります
気長にお待ち頂ければ幸いです