動き出す悪意
教皇は少し困っていた
聖女が逃げ出したとてたかが少年一人と少女一人だ
そんなに遠くに逃げられるわけないと思っていた
だが結果として半月も経つのに足取りをつかむことができない
「まだ聖女の足取りは掴めないのか?」
「申し訳ありませんっ。全力で捜索に当たっているのですが……」
「言い訳など聞きたくないっ。もっと捜索の範囲を広げろ!」
「はっ」
教皇含め重鎮も困り果てていた
このままでは祭りに聖女が出ることができずに怪しまれる
教会の象徴として聖女を散々こき使っていた皺寄せがここにきてでてきた
何より上位騎士———序列八位クランツと多くの騎士の死
教会の象徴がいないどころか権威の証である上位騎士を一人や多くの騎士を減らしたのは痛い
クランツや騎士らが死んだことを教会は公表することができないでいた
何せ子供一人に上位騎士と騎士らがやられたというのが外聞が悪すぎる
かと言って別の何かに罪を着せようにも教会が包囲網を突破されたことには違いない
今この聖都に拠点を置いている商人達がそんな話を聞いたらどう思うか……
安心と安全を保障する代わりに多くの税を取っているのにそれが脅かされるのだとすれば切り捨てられるだろう
多くの商人は利益のために動く
教会の信徒に引き込もうにも上手くかわされることが多い
当然教会の為に動いてくれる商人だっている
違法奴隷商人や悪徳商人と呼ばれる類の者たちばかりだが……
とにかくこの祭りを前にした大事な稼ぎ時に商人を逃がすわけにはいかないのだ
そう思うとあの少年は本当に忌々しい
「くそっ。あいつは改造手術の実験素体にしたはずだったな?」
「は、はい。その通りです」
「なぜ生きているんだ」
「そ、それは私たちにも何が何だか……」
そうアランは確かに死んでいたはずだった
それは教会の上層部があの少年の体を使って散々実験を繰り返した上で多くの者がこれ以上の利用価値はないと廃棄したのだ
それが生きていた————それも聖女を連れ出して逃走中
こんなことが広まればいくらこの国に根付いている教会でも、旧国家に連なる者たちがこれ幸いと動き出してもおかしくない
旧国家の主要人物は穏便に引き継ぎしたのもあって残っている
さすがに表立って旧国家の血を絶やすことはできなかった
だからこそ厄介なのだが
「ちっ。フィンは今どこにいる?」
「恐らく地下でお楽しみ中かと……」
「まあいい、まだ奴らがこの聖都に残っているとして動くなら祭りの日だろう。祭りの間は働いてさえくれればそれでいい」
そう、今この聖都にいる上位騎士はフィンのみだ
他の上位騎士も集める予定だったのだが、隣国や南の内戦の鎮圧などで多くが駆り出されている
それを呼び戻すことはほぼ不可能だ
ちなみにフィンはクランツの入れ替えで戻ってきたことにしている
これもクランツがいないことを怪しまれないため
どうしても多くの騎士がこの場に揃うと聖都守護をしていたクランツがいないのがおかしくなってしまうゆえの処置だ
それに———フィンは性格が破綻しているため扱いが面倒であるが今回少年の生死は問わぬしリリアナは死なない
何よりクランツよりも序列上位者だ
序列は単純に強さで決まる
前回の聖女脱走の際、現場を調べたところそこまで余裕で倒されたわけではないと判断した
クランツ以外に血液が多く散布されていてそれが実験の際のアランのものと照合できたからだ
それゆえ今回はフィン一人で事足りると思っている
「さあ、はやく戻ってこい。お前の居場所はここだぞ、リリアナ」
戻ってきたらどうしてやろうかとただただ教皇の頭の中は悪意に溢れていた
今回は短めです!
次からの話は何話かにわけてのないようになります。
それゆえ来週休みが続くので連続投稿できればと考えてます!
お楽しみに!