見えない傷を宿す少女
「必ず僕が貴女を守る騎士になります。だから——」
目の前の見えない傷らだけの少女に誓う
今はまだ無力で何もしてあげることができない
だからせめてこの誓いだけは守って見せる
この現状に少年は悔しくて泣きだしそうになった
でも少女の前で泣くわけにはいかないと歯を食いしばりその場を離れる
少年がその場を離れると少女を追っていた聖騎士が現れる
少女を連れ去ろうとした少年を騎士が追おうとするも少女がそれを引き留める
こうして少年はその場から逃げることができた
少女は少年の最後の言葉に嬉しく思うも叶うことはないだろうと諦めていた
自分が我慢をすればいいのだから――そうして少女は涙も流すことなく聖騎士に追従する
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あの少女の出会いから2年が経った
少年――アランは15歳を迎え騎士になるためクラヌス聖教国の首都である聖都アルティネに来ていた
ここクラヌス聖教国はその名の通りクラヌス教を国教とする宗教国家だ
以前は王国であったが王家がクラヌス教を国教としそのまま教会が国の運営を主体にしていったことで正教国に移り変わったとされている
そのためこの国では教会の力が強く次いで教会の騎士――聖騎士そして平民となっている
以前王国だった頃の貴族達は力を削ぐためか各地にバラバラに配置され領主として拠点や街を治めている
ただし聖騎士が派遣されているため領主達にはほぼ自由がない
元貴族達は移り変わりの際に資金を受け取り領地も新たに与えられ比較的穏便に移行されたのだが納得がいかない領主も多い
融通は多少聞くとはいえ見張り付きではどうしても肩身が狭いだろうから納得がいかないのも頷ける
さてその聖騎士だが各地の教会の拠点などから毎年募集がありそこの選考で採用される
アランはかつて少女と出会った首都で聖騎士の採用試験を受ける予定だった――ただし教会の言いなりの聖騎士になるつもりは毛頭ない
あくまで少女に近づくために聖騎士になる
そして頃合いを見て少女を連れてこの腐った国から抜け出す
それまで彼女を必ず守るために日々訓練を続けた
この街全体の移動経路も全て頭に入れた
「ん?」
街の中心に人だかりが見える
何事かと思い近づくとそこでは聖女の凱旋が行われていた
近くの壮年の男性に聞いてみる
何でも魔物の大量発生が隣町で発生したらしくその援護と治療に聖女と聖騎士隊が向かいそれを撃破――そして聖女はその後街の復興に協力したのだとか
何度もこうして聖女は聖騎士を率いて支援を行っている
それを献身的だとして人々は聖女を崇めている
街の人達は聖女達に声援を送っている
人の為に頑張れるのはとてもすごいことだと思う
何も知らなければ聖女様はみんなの希望なんだろう
――でも俺は知っている、彼女自身が苦しんでいることを
人助けはいいことだがそれで彼女は救われているのだろうか?
期待ばかり膨らんで彼女の重荷になっているだけではないだろうか
でも彼女は戦場に赴く――教会から距離を置くために
そもそも聖堂は慈善事業なんて行っていない
あくまで聖女の希望として行っている――それも渋々
教会は俺が知っているだけでも悪事が酷すぎる
隣国への賄賂に治療に対する高額の寄付金の要求、人身売買、臓器売買、人体実験等々……
本当に思い出すだけでも気分が悪くなる
「あんちゃん大丈夫かい?」
「……あぁちょっと人に酔ったみたいだ」
先程教えてもらったことに礼を言いその場を後にする
そもそもなんで俺がこんなことを知っているのかについては実際に見たからだ
そのことで聖女である少女と出会うことになるのだが――
ああ本当に胸糞悪い
はやくこの腐った環境から彼女を連れ出さなければ、そう思いつつ騎士試験会場である教会へ向かう
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試験の内容は拍子抜けするほどあっさりしたものだった
教会横の聖騎士隊の拠点へ移動し簡単な面接と身体検査のみ
なんというかほんとうに騎士になるのにこんなものでいいのだろうか?
一応この国を支えている騎士のはずだし身辺調査や実技試験だとかそういったものがあってもいいと思うのだが……
一般公募だしこんなものなのかもしれないが少々不気味なきがしてきた
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――教会のとある一室
「今年の成果はどうだ?」
騎士隊の男と豪華な衣装を見に纏った男が話している
「はっ。特別優秀なものは居りませぬが昨年よりは丈夫かと」
「そうか、それは良かった。またすぐに壊れてしまうと大変だからなぁ」
「その場合地下送りにすればよいかと」
「ふっ……それもそうだな」
「それでは全員通過ということでよろしいでしょうか」
「構わん、壊れるなり従わぬものがいればあの実験を試す」
「はっ」
聖騎士の男が去るともう1人の男は支度を始める
「さて、愚か者は今年も出るかな?」
男はクツクツと不気味に笑う
そうして自室をでて本堂に向かう
――地下????施設
地下で蠢く瘴気の主が笑う
「ヨウヤクダ、コノ時ガキタ……」
瘴気の主は行動を開始する
――決して今度は間違えぬよう
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数時間ほど拠点の大広間で他の受験者達と結果を待っていた
数十名ほどだろうか
皆どうやら落ち着かない様子だ
それもそうだろう毎年募集はあるとはいえ騎士になれるならば安定した収入も手に入るしなにより騎士になれば幾らか税が免除されるのだから
限られた枠を狙うものは多い
「結果がでた。全員採用だ、任命式を行うために本堂に向かう。騎士隊の制服はここを出て隣の部屋に準備してあるすぐに支度をしろ」
聖騎士の1人がやってきて結果を告げる
受験者達は各々喜びをあらわにしつつすぐに移動し支度に取り掛かっていた
自身の受験番号に対応した制服を受け取り着替える
支給された制服はピッタリだった
事前に制服の用意はされていてその中から支給されているようで在庫は沢山あるらしい
正直使用しない制服も山ほどあるので無駄に感じるのだがこんなもんなのだろうか
そんなどうでもいいことを思考しつつも着替えは終わり他の受験者と共に本堂へ移動していた
移動の最中軽く任命式の流れを説明された
本堂に入るとそこには聖騎士隊の部隊が剣を構えて出迎えてくれた
そのまま連れられ教皇の前で膝をつき言葉を貰う
一人一人に剣を渡していく
渡された剣を構え誓いを立てる――フリをする
「我らこのクラヌス教国の剣となりて厄災を打ち払わん」
あくまで俺が守りたいのは聖女にだけだから
そして最後に聖女が本堂に入ってくる
青く透き通った髪に碧色の瞳、白い肌華奢な体
以前よりも可憐で――そしてとても壊れそうに見えた
聖女の登場には正直驚いた
新任の騎士らに聖女自身から言葉を貰えるとは思っていなかったためだ
聖女――リリアナが教皇の隣に移動する
「……我らがクラヌス神の祝福があらんことを」
そう一言呟き祈りを捧げる
祈りが終わると教皇がその後を繋ぐ
「さて、任命式はこれで終わりです。ここからは――忍耐の時間です」
「え?」
まさかと思った矢先には先程もらった剣が紫色に発光する
まずいと思い目を隠す
バタバタと倒れる音が聞こえる
そのまま自分も伏せて様子を見ることにした
その光を直接見た他の新任騎士達の瞳は虚ろになり立ち上がる
あまりにも想定外だった
昨年の試験は内容は違えど任命式が終わったあとはすぐに解放され翌日から勤務していたのを確認していた
そのため今年も単なる募集だと思っていたのだが……
まさか最初から使い潰す気だったのか?
「さて今神の光を受けて頂いた訳だがどうだろう?ふむ……上手くいったのは十名ほどか?」
周りを見ると泡を吹いて気を失っている人が多くいた
「まぁよい、さてお主らは神に選ばれし者。これは昨年の試験には間に合わなかったのだがこれからお前たちには1つ試練を与える」
試練?何をするつもりだ?
「といっても簡単なこと、これからこの聖女と子作りをしてもらう。そして子が出来ればその者は司教としての地位を与える。ダメならばその時はそのまま騎士として利用させてもらうがな」
は?コイツ何を言っている?
「なに、この娘は特別でね。加護のおかげで傷はすぐに癒えも病気になることもない。だが強すぎる加護のせいで体内に入った異物全てを浄化し消してしまう。つまり種も含めて受け入れられなければ消えてしまうのだよ。何度も行っているから実証ずみだ。だが安心して欲しい傷も全て治るから常に初物のようなものだ。存分に楽しんでくれ、そしてあわよくば神の子を授けてくれないか」
下卑た笑みを浮かべる教皇
そんなの許せるわけが無い
虚ろな目をした騎士達は聖女に向かい歩き出す
聖女は俯き逃げるのも拒むのも諦めているようだった
クソが
クラクラしながらも立ち上がり剣を構える
そして走り出し新任の騎士達の後頭部目掛けて剣の柄を振り下ろし気絶させていく
「ほう?お主意識があるのか。面白い、だがいけないなぁ神聖な儀式の邪魔をするなんて」
「……何が神聖な儀式だ。こんなふざけたもんが許されるわけがねぇ。こんなことが許す神がいるならそんなのクソ喰らえだ」
「……なんとも随分と口が悪いガキだ。我等が神を侮辱するなど見逃せぬ。この者を捕らえよ、生死は問わぬ」
聖騎士隊が剣を抜きこちらに迫ってくる
俺は聖女を背中に剣を構える
数は数十人
本来ここで暴れるつもりはなかったがどうしても見逃せなかった
予定外ではあるが仕方はないが俺は迫り来る聖騎士達を切り捨てる
新任騎士はまだ何も知らなかっただろうがコイツらは既知のはずだ
知っていてこの状況を看過するようなやつらは許せない
そうして切り捨てていくと音を立てて矢が放たれた
避けようとも思ったが後ろには聖女、その場で矢を切り裂く
「おい、聖女が後ろにいるんだぞ。当たったらどうするんだよ」
「当たったところですぐに傷は治る。問題は無い」
「問題大ありだろうがバカ」
ほんとうに嫌になる
こんなヤツらがこの国を支えている
少女を犠牲にしても平気でいるようなヤツらが
許せない
アランは1度その場を離れる
コイツらは問答無用で攻撃してくるなら聖女に危険が及ばないようにしなければならない
先に弩を構えているやつから始末しなければ
そう思い放たれる矢を避けつつ順番に切っていく
もちろん弩もその場で破壊する
そうして遠距離手段を潰し残りの騎士も始末し終えた
さすがに鍛えたとはいえ疲れた
この場にいるのは聖女と教皇だけだ
「さてこの場の聖騎士隊はいなくなったわけだし聖女様を渡してくれたら命までは取らないぞ」
「ほう?騎士達は殺したのに私は見逃してくれるのかな?」
「この場ではな」
「随分な自信だな。このまま時間をかけたら別の騎士隊が異変を察知して駆けつけてくれると思うが?」
「そしたらまた斬り捨てるだけだし今日は上位騎士はいないから」
「よく調べているようだ。だが中位騎士や下位騎士はまだたくさんいるぞ?」
「そうなっても対処はできる」
「傲慢な事だ」
聖女は辛そうにしている
不安だったんだろうか?
もうこれ以上辛い思いは絶対させない
「すぐにお助けしますのでもう暫しの辛抱を」
「助ける?そんなのは無理だよ。逃がすわけが無い。なぁ【湖畔の騎士】クランツよ」
パラディンには序列がある
教会に貢献した分だけ序列は上がることになっている
そして教皇に呼ばれ聖堂の入口から姿を表した男は序列八位
二つ名の【湖畔の騎士】は神聖な湖を管理する街を反乱分子から守っていることで贈られた名だ――ただし表向きではだが
実際は湖を管理していた街を滅ぼし新たに教会の意向を知るものを派遣し乗っ取っている
そこを取り返そうとするものを潰しているので守っていることになっている
なんでも教会にとって重要な資源が湖から採取出来たことで提供を願い出るも街は拒否――そうして対立することになったそうだ
このクランツという男は略奪者ではあるが一騎当千の実力者だ
「ほんと教皇様は人使いが荒いねぇ〜。で?コイツ殺してしまってもいいの?」
「構わん。好きにしろ」
「んじゃま面倒なんで――さっさと死んでくれや」
飄々としていた表情が一変したと思えばいつの間にか距離が詰められていた
「っ、やられるわけにはいかない」
「へぇ……君反応できるんだ、やるねぇ」
「そりゃ、どうもっ」
「だけど時間かけるのも嫌だから――」
さらに攻撃のギアが上がる
何度か攻撃を防いだりはしていたが防ぎきれなかったり避けきれないこともあり体はボロボロだ
「ふむ、いい腕だけどまだまだだね――そこそこ楽しかったよ」
そういいクランツが目の前から姿が消え――胸から剣が突き抜けていた
「クソ……」
意識が遠のいていく
すみません、聖女様……
聖女はその場でごめんなさいと繰り返し呟いていた
……ちくしょう、俺もそこら辺にいるヤツらと大して変わらないじゃないか
そうしてアランは意識を手放した――
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「教皇様〜これどうします?」
クランツはアランを指差し教皇に指示を仰ぐ
「地下に放り込んでおけ。試したいこともある」
「あいよ〜」
クランツはアランを引きずり地下へ運ぶ
「リリアナよ、今回はあのガキのせいで随分無駄になったがまたすぐに替えは用意する。体の用意はしておけ」
「……はい、お父様」
教皇はその場を離れる
聖女は1人泣き崩れる
「もうみんな辞めてよ……私はもうどうせ助からないんだから」
助けてくれようとした人は今までもいた
だが今はもうどこにもいない
リリアナはこれまでも諦めて教皇の言う通り従ってきた
それが一番被害の少ない方法だと分かっていたから
神の母体としての役割も臓器の提供もクラヌス教への勧誘という名の売春も自分一人が犠牲になればいい
私の代わりになった人達や前任者達は傷だらけになり壊れていった
そうなるのを身近で見せられ続けてきた
辛かった
誰かが目の前で壊れていく様を見せられるのは
助けたいと思った、壊れていく様を見たくないと思った
教皇はならばお前が全て担えといった
どうせお前は傷が見えることは無いのだからと――
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――地下人体実験施設
「うへぇ……相変わらずきっついなぁここは」
地下施設は淀んだ空気――瘴気が漂っていた
浄化しようにも濃すぎる瘴気は許容を超えつつあった
クランツはアランを籠――牢の中に放り込む
「さてとそいじゃお暇しますかね」
クランツはそうして地下を足早に去っていく
数時間後――
アランは意識を取り戻したが何やら体に違和感がある
胸の傷は塞がっているが無理やり何かを入れられ塞いでいるような……
「うっ……」
心臓の鼓動が早くなる
大きく息を吸う同時にに辺りに漂っていた瘴気を吸い込んでいく
「な、なんだこれ」
明らかに瘴気は体に害を及ぼす
そのはずなのにむしろ癒されていく感覚がある
瘴気が集まり人の形を作っていく
「ケケッ面白イコトニナッテルナ、オ前何ガ起キタカ知リタクハナイカ?」
そう言って瘴気――自らをノロイと名乗ったものは俺に提案を持ちかけてきたのだった
設定考えてて自分でもドン引きしたこの物語
……結構今後もえぐいことになりそう?
でも必ず幸せは訪れるはず
以前は毎週とか決めて投稿してたんですけどやっぱり仕事とかの兼ね合いで書くのがキツかったので今回は1話ずつ長めに、空いた時にコツコツ書いていこうと思います