09 情けないままの自分ではいたくない
「これって……」
散らばったベビー用品を拾おうとした指先が、思わず震えてしまった。
「実は……、いま実家は出産里帰り中のてんやわんや状態でして、うちの両親はもう孫に夢中で、残された男の僕に出来ることと言ったら、買い出しくらいで……。大晦日だというのに、この有り様ですよ」
やれやれといった口調とは裏腹に、頬が緩んでいる彼の横顔に胸がズキンと激しく痛んだ……。
待合室に入って吉沢くんがスマホを操作している時に、こっそり彼の左薬指に指輪がないことを盗み見てしまった自分の浅ましさが恥ずかしかった。
勝手に勘違いして、自分にはそんな資格がないと言いつつ、その現実に胸が押し潰されそうなくらい痛い。
だけど、過去を嘆いて過ごした分、遠回りをしてきた私とは違って、吉沢くんはあれからしっかりと自分の時間を歩んできたんだなと考えてみたら、徐々に胸の奥から良かったという気持ちが広がっていく。
私みたいにならなくて、本当に良かった。
そして、今の彼の表情を見て、強く思った。
もう、情けないままの自分ではいたくないと……。
深く息を吸ってゆっくり吐き出し、何度かそれを繰り返したあと、私は拾った品物を吉沢くんに手渡して、まっすぐ彼の瞳を見つめた。
「私も今日、吉沢くんに会えて本当に良かった。ありがとう」
心からの感謝を伝えた。
今日、こうして彼と話すことができて、すぐに気持ちを切り替えられるとはいかないかもしれないけれど、それでもやっとほんの少し顔を上げて歩き出せそうな気がした。
「僕もです。朱里さんとこうやって話せて良かった。これでやっと……」
――ごめん。だいぶ気を使わせちゃったよね。私はもう大丈夫だから。
吉沢くんからしたら近況報告のつもりで会話を切り出したのに、急に私が泣き出してしまったもんだから、びっくりしてたぶん言い出せなくなっていたんだと思う。
それでも、私の後悔に付き合ってくれて、優しい言葉もいっぱい掛けてもらった。もう、それだけで十分すぎるほど感謝している。
だから、最期くらいは私から胸を張って吉沢くんに伝えようと思った。
彼が言葉にする前に、私が先に口を開いた。
「吉沢くん、結婚おめでとう。幸せになってね、パパ」
久しぶりだからだいぶ錆びついていたかもしれないけれど、それでも心から彼の幸せを願って、精一杯の笑顔で祝福の言葉を贈ったのだった。