08 それぞれの後悔
「あの時……別れた時の事、ずっと謝りたかった」
吉沢くんからの思いがけない告白に、戸惑わずにはいられなかった。
「……何で、吉沢くんが謝るの? だって……」
――傷つけたのは、私の方だったのに……。
そう言いかけて思わずうつむいてしまった私に、吉沢くんは当時の心の内を語り始めた。
「朱里さんが小説の賞を獲った時、本当に凄いと思ったし、喜ぶ貴女の顔を見るのは僕も嬉しく思いました。……ですが、心のどこかで素直に喜べない自分もいたんです」
「え……?」
「貴女には、これだって夢があって、どんどん突き進んでいく朱里さんの隣にいると、何だか自分だけが取り残されていくような気持ちになって……」
初めて聞く当時の彼の心境に、おどろいて言葉も出なかった。
そんな私を見て彼はほんのちょっと苦笑いをしたあと、ひとつ深呼吸をして再び口を開いた。
「正直、一方的に別れを告げられたのは、腹も立ちました。そもそも僕の心に遠慮無くズカズカ入り込んできたのは朱里さんの方なのに、さんざん振り回されあげく好きになったと思ったら、すぐに離れていって……なんて自分勝手な人なんだろうって……」
思い返せば、あの頃何かと吉沢くんを巻き込んでいたのは、確かに私の方だったし、自分勝手な理由で別れようとしたのも本当のことなので、返す言葉もなかった。
「だけど、当時、朱里さんが進路と恐らく僕との事で悩んでいたのに、気がついていました。それなのにどこか置いていかれるような不安に、臆病な自分は背中を押すことも出来ず、見て見ぬ振りをしてしまいました」
吉沢くんの言葉に更に当時の事を振り返ってみれば、あの頃の私たちはその日あったことや興味のある話題はよく話していたのに、不自然なほど先の事には触れていなかった事に今になって気づかされた。
「だから、フラれた時そんな自分の心を一瞬見透かされた気もして……。ああなったのは決して朱里さんのせいだけじゃなかったのに、あの時は貴女に押し付けてしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げる吉沢くんに、私は全力で首を横に振った。
「吉沢くんは、何も悪くないよっ……! 私の方こそ、ちっとも吉沢くんの気持ちに気づけなくて、ごめんね」
「いいえ。当時の僕も、遠距離になった貴女の心を繋ぎ止める強い自信もなく、でもそれを認めるのも悔しくて、どうすることも出来ない子どもだと思い知らされました」
傷つけたのは私の方だったのに、もう嗚咽をもらしながら吉沢くんは何ひとつ悪くないんだと、首をふるふる横に振り続けることしかできなかった。
「あの時、何かひと言でもかけてあげられていたら、少しは朱里さんの心を軽くしてあげられることも出来たかもしれないのに」
そんなふうに思ってくれていた彼の優しさが、痛いくらい心に染みていく。
どれくらいそうしていたのか、少し落ち着くまで静かに見守ってくれていた吉沢くんが、頃合いを見計らって再び声を掛けてくれた。
「今日こうして朱里さんと話せて良かったです。あれから僕も少しは大人になれたかもしれません。実は、これを機にお伝えしたいことがあって、僕……」
どこか真剣な面持ちで、何か言いかけた時だった。
吉沢くんが私の方へ向き直った拍子に、椅子の脇に積み上げていた大きな買い物袋が雪崩を起こしてしまい、中身が散らばってしまったのだ。
「だ、大丈夫? あ、拾うの手伝うよ」
「いえいえ、すぐ拾いますんで、朱里さんは座っていてください」
「ううん。二人でやった方が、早く済むから」
遠慮する吉沢くんにそう言って、足元に転がってきた品物に手を伸ばしかけた瞬間、私はそれに思わず強い衝撃を受けてしまった……。