07 解けゆく心
「いや、だから私、大学途中で辞めちゃうことになって……」
「僕の知っている朱里さんが、そうなってしまったということは、きっとよっぽどの事があったんだと思います」
その言葉に、一瞬、当時のことがフラッシュバックして、思わずビクリと体がすくんでしまった。
「何があったのかは、今、無理に話そうとしなくても、大丈夫ですからね」
事情を聞き出すことはせず、私を落ち着かせるようとしてくれる彼の優しさに、また瞳の奥から涙が込み上げてきてしまう。
「逃げることが悪い事とは思いません、時には必要だったりすると思います。それでも、ちゃんと就職をして、仕事をしながら努力を続けてきた朱里さんは、僕はとても素晴らしいと思うのですが」
吉沢くんの言ってることは分かる……。
でも、それは私からしたら努力なんかと呼べるほど立派なものじゃなかったし、変に拗らせてくすぶったまま、ずるずる続けてきたようなものだったのかもしれない。
「で、でも、全然、結果も出なくて……。いつまでも変に意地を張ってないで、もういい加減、区切りをつけて前を見なきゃって……。でも、もう、自分でも終わらせ方が、わからなくなってて……」
きっと、私はまだ自分の弱さを認めることが出来ていないんだと思う。
弱い自分を許せなくて、だからこそ起こった事をいつまでも嘆いてばかりで、夢が叶わないことだけが苦しいんじゃなくて、そんな自分が嫌でたまらなかった。
「確かに、見切りをつけるのもひとつの方法だとは思いますが……。朱里さんはそんな自分が嫌だと言いますけど、それでもずっと足掻き続けてきた貴女を僕は少しもカッコ悪いだなんて思いません。逆に、そこまで諦めきれないものを持っている朱里さんを、僕はずっと前から羨ましく思っていましたよ」
正直、慰めの言葉をかけられるのが怖かった……。
今の私が素直にその言葉を受け止められるか自信もなくて、反対にみじめな気持ちが込み上げてきそうで、心のどこかに同情されたくないという気持ちも少しだけあったのかもしれない。
だけど、それでも吉沢くんが一生懸命伝えてくれる姿に、少しずつ心が揺れ動いていくような気がした。
「まあ、色々と不器用な人だとも、思っていましたが……」
――え?
吉沢くんのその言葉に、思わずぽかんとしてしまった。
「ああ、もう、こんなになるまで泣いて……。これ使ってください」
涙でベショベショになっている私を見かねたのか、吉沢くんがハンカチを差し出してくれた。
「だいだい朱里さんはですね、高校の時から猪突猛進というか、全てのことに全力疾走してしまうので、無茶をして派手に転んでしまわないかと、いつも隣でハラハラさせられて、それなのに貴女ときたら、僕の心配もよそにどんどん進んでいって……」
かと思えば、何だか急にクドクドと語り始めた吉沢くんに、呆気にとられてしまった。
彼の話を聞きながら、ふと、高校の時もこんなふうにお説教みたいなことをよく聞かされたのを思い出していた。
だけど、まるでお小言のような口調なのに、どことなく目元は優しいままで、妙に楽しそうに語っているような彼を見ていたら、何だか張り詰めていたものがフッと緩んでいくような気がした。
「だから、誰だってずっと走り続けていたら、普通に疲れる時があります。朱里さんにとって今がちょうどその時だというだけで、でも、それはちゃんと頑張ってきた証なんだと思います」
ガチガチに冷え切っていた心と体に、彼の掛けてくれた言葉がじわじわと熱を持って広がっていくような感覚がした。
「たとえ不器用でも、朱里さんのそういう真っ直ぐなところが、僕にはとても眩しく見えて、憧れているところです」
――私……。ちょっとは、頑張れてたのかな……。
吉沢くんの話を聞いているうちに、ふとそう思ってしまった。
これまで弱い自分を否定し続けてきたようなものだから、せっかく頑張れていたことも全部ダメだと決めつけていたのかもしれない。
自分がただ嘆いて過ごしてきただけだと思っていた日々も、ただ無為に続けてきただけだと思っていた事も、全部が全部、無駄なことだったわけじゃなかったと言ってもらえたような気がして、その言葉だけで今までの自分が少しは報われていくような思いがした。
ハンカチで目元を押さえながら、吉沢くんの言葉を噛みしめる。
そうして、少し落ち着きを取り戻したところで、ふいに彼が口を開いた。
「実は、僕も朱里さんに謝りたかったことがあるんです」
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