04 待合室のふたり
「さすがに、この状況はまいりましたね」
待合室に入ると、吉沢くんが両手に持っていた大きな買い物袋をドサリと置くと、ふぅ、と息をついて側の椅子に腰を下ろし、ダークグレーのコートの内ポケットからスマホを取り出した。
そんな彼とは対照的に、パタパタと雪を払いながら所在なさ気にキョロキョロと視線をさ迷わせたあと、とりあえず吉沢くんが座っている席と向い合せになっている反対側の端っこの席にちょこんと座った。
「ほ、本当に、とんだ災難というか、何というか……。まさか、途中で下りる羽目になるとはね。や、やっぱり、雪の影響とか、かな」
ひとまず、ぎこちないながらも当たり障りのない言葉を選びながら話してみると、吉沢くんがふいにスマホから顔を上げた。
「伊藤先輩は、これからどうしますか? このままバスを待ちますか? この雪だと手配する臨時バスも遅くなる可能性がありますけれど。あ、僕は今実家に連絡してみたら、父が車で迎えに来てくれるということなので、もし良かったらご実家まで送りますので、先輩も一緒に父の車に乗っていきませんか?」
「……えっ、と」
吉沢くんの話すスピードに一瞬ついていけなくて、思わず返事に詰まってしまった。
「あ、何か、一気に喋ってしまって、すみません……」
すかさず謝る吉沢くんに、ふと、彼がこんなふうに話すスピードが速くなる時は、わりと緊張している時のクセだということを思い出す。
「う、ううん。全然、大丈夫」
――そうだよね……。
考えてみれば、吉沢くんだって突然の再会に戸惑っていてもおかしくないのだ。
それなのに、私に変な気を遣わせまいと努めて平静を装って話しかけてくれていたのかと思うと、自分のことばかり考えて、相手のことを考える余裕すら無くしていた自身の不甲斐なさに落ち込んでしまった。
そんなことを、ぐるぐる思い悩んでいると、
「こんばんは。いやぁ、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。実は……」
ちょうど年配の駅員さんが声を掛けに来てくれて、思わずホッとしてしまった。
どうやら、この停車は雪の影響ではなく、車両トラブルとのことらしい。
「臨時バスの手配はできますけんど、西区からの山道を通りますけん、この雪だとちょっと遅くなるかもしれんです。どうやら、乗客はお二人さんだけみたいですけんど……。どうされますかね?」
二人だけという言葉に、さすがドがつくほどの田舎町だなと妙に納得しつつ、気まずさがプラスされる。
「あ、自分は家族が迎えに来てくれるので、バスの手配は大丈夫です」
吉沢くんの言葉に、駅員さんが心なしかホッとしたような顔をした。
ちなみに、彼の実家がある地区からこの駅までの道は、バスが通る山道に比べると雪の影響は、今のところまだマシとのことだった。
「ほうですか。じゃあ、お嬢さんは、どうされますかね?」
――うっ……。
私ひとりのためにバスを手配してもらうのは、さすがに気が引ける。
「あの、タクシーの手配はお願いできますか?」
「連絡はできますけんど……」
駅員さんが口ごもる。
そういえば、地元の唯一のタクシー会社も西区にあり、例の山道を通らなければなかった。私は遅くなっても構わないけれど、タクシーの運転手さんの帰りが心配だ。
こうなったら気は進まないけれど、私も実家に連絡して迎えを頼もうかなと考えていたら、
「彼女も僕の迎えの車に、一緒に乗って行くので大丈夫です」
事も無げに吉沢くんがそう答えた。
「え? ちょっ、待っ……」
「いやぁ、それはありがたいです。そんなら帰る時に、ひと声かけてください」
あわてて話を止めようとしたけれど、のんびりとしているようで流れるように話をまとめた駅員さんは、そのままスッと待合室から去っていった。
またもや、待合室は二人きりの空間に戻る……。
いましばらくこの状況が続くのかと思うと、いたたまれない気持ちに拍車がかかったような気がした。