03 途中下車
「もしかして、伊藤、先輩ですか?」
雪が降りしきる中、重い荷物を下げて駅のホームに降り立つと、ふいに後ろから呼びかけられて、思わずビクリと体をすくませてしまった。
大晦日。
私は10年振りに、田舎にある実家へ向かう汽車に乗っていた。
車窓からのぞく雪はトンネルを抜けるごとに深くなっていき、目的地である終点駅より3つ手前の駅に着いたところで、車内アナウンスが流れた。
この雪の影響でなのか、どうやら汽車はここで停車となるらしい。
かわりに臨時バスを手配するとの事らしく、残念ながら途中下車する羽目になってしまった。
「伊藤先輩ですよね?」
吹雪はじめた風の音にさえぎられて、声がくぐもって聞こえるせいか今のところ誰なのか思い当たるフシはないけれど、緊張でドクン、ドクンと激しい脈拍が頭の中で鳴り響く。
知り合いの誰にも会いたくなくて、わざわざ大晦日の終電を選んだというのに……。
みぞおちのあたりがキューッとしてきて、酸っぱい液体がのどまでせり上がってくるような感じがした。
正直、さすがに年月が経って自分でも多少なりとも心の整理もついているだろうと思っていたのに、あまりの動揺っぷりに自分が情けなくなってくる……。
でも、この状況ではもはや知らないフリをしてやり過ごすことも難しい。仕方なく、心の準備も不十分なまま、おそるおそる振り返った瞬間……。
驚きで、心臓が止まるかと思った……。
「っ……」
突然すぎるほど突然に訪れたその再会に、目の前が真っ暗になる。
「やっぱり、伊藤先輩だ。久しぶりですね」
言葉を失い呆然と立ち尽くす私をよそに、目の前の人物はあの頃と変わらない涼しげな笑顔で話しかけてきた。
――なんで、どうして……?
再会の相手がよりにもよって『彼』なのかという、意地悪過ぎる運命がぐるぐると私の中を駆け巡る。
当時、彼は私を「先輩」と呼ぶことはなかったから、さっき後ろから声をかけられた時、せめて彼じゃないことだけでも分かって、こっそり安堵していたというのに……。
「どうしました? あれ、もしかして僕のこと、分かりませんか?」
――ううん。一目見た瞬間、分かったよ……。
「ゆ……っ。……よ、よしざわ……くん」
動揺を隠し切れず、思わず当時と同じように下の名前で呼ぼうとしてあわてて口をつぐんだあと、ぎこちなく彼の苗字を口にした途端、あの日置いてきたはずの気持ちが一気に蘇ってきたような気がした。
――吉沢悠希くん、私の初めての彼氏だった人……。
「はい。正解です」
にっこりとしたその笑顔に胸がチクンと痛んだと同時に、パッと彼から目をそらしてしまった。
「ご、ごめん。突然で……何か、びっくりしちゃって……」
あわてて取りつくろってみたけれど、緊張で私の指先はカタカタと震え始め、じわじわと込み上げてくる後悔に胸が締めつけられる。
――泣くな……。
鼻の奥がツンと痛くなって、瞳の奥がじわりと熱くなっていくのを、心の中で必死にそう言い聞かせて涙をこらえる。
「本当に。偶然とはいえ、僕もまさかこんな状況で再会できるとは、思いもよらなかったです。って、ここで立ち話は凍えてしまうので、とりあえず待合室に移動しましょう」
「そ、そうだね」
「あ、荷物はひとりでも大丈夫ですか? すみません、手伝おうにも僕も今日はこんななんで」
そう言って吉沢くんは、両手に下げていた大きな買い物袋を少し持ち上げてみせた。
「う、ううん。こっちは全然、大丈夫だから気にしないで……」
私がぎこちなく答えると、
「じゃあ、少しは風よけになるかもしれないので僕が先に行きますから、後ろについてきてください」
ためらいもなく歩き出した吉沢くんに、あわてて私もギクシャクとした足取りであとに続いた。
歩きながら、だんだんとみじめな気持ちが込み上げてくる。
過去に彼を傷つけてしまった罪悪感はあれど、それでも今の私が少しでも自分に自信が持てるような人間になれていたら、少しは顔を上げて吉沢くんと話せたのかもしれない。
だけど、今の私は……。
自分を知る人に会いたくなかったのは、他にも理由はあるけど……。何より挫折感からいつまでも抜け出せずにいる自分を見られたくなかったからだ。
情けない今の姿を、あの頃の私をよく知る吉沢くんには見られたくなかった……。
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