21 触れたくなる気持ち
「今日は、お夕飯まで作ってくれて本当にありがとう」
微妙な味の筑前煮も、もう一度お鍋に戻してカレーに変身させるとすごく美味しくなって、二人とも思わずおかわりまでしてしまった。
ご飯を食べ終わると後片付けまで済ませてくれて、そろそろ帰るという吉沢くんを玄関で見送ることにした。
「こちらこそ無理を言って居座ったのに、あまりお役に立てなかったかもしれません……」
「そんなことないよ。誰かがいる生活音聞いてたら、実家にいる時のこと思い出して、何か安心していつもよりはかどった気がする」
「頑張るのはいいですが、あまり夜更かししないでくださいね」
吉沢くんが覗き込むようにして私の顔色をうかがいながら、その手がそっと目元をなぞった。
だけど……。
「それでは、僕が出たあとすぐに戸締まりをしてくださいね。チェーンをかけたままとは言え、今日みたいに相手を確認しないまま不用心に出ないように」
それ以上の事が起こる素振りはなく、そのまま吉沢くんの指先の離れていくのをまた寂しく思ってしまった。
「うん……」
「それでは、おやすみなさい」
平然とした様子で部屋を出ようとする吉沢くんを、私は無意識のうちに彼の袖の端っこをつかんで、思わず引き止めてしまった。
「あ、ご、ごめん。これは、その……」
我に返るとしどろもどろになりながら、言い訳を探したけれど結局何も言えなかった。
「な、何でもない。帰り道、気をつけ……っ」
吉沢くんを困らせたいわけじゃないから、素直に見送ろうとした瞬間、強い力で壁に身体を押し付けられたかと思うと、彼に唇をふさがれていた。
「ん……っ」
思わず吐息がこぼれたあと、吉沢くんが少しだけ体を離して、
「今度こそ、絶対大事にしようと……。今日だって朱里さんの邪魔をしないように、頑張っていたのに……。そんな顔をされたら我慢できなくなるじゃないですか……」
どこか切なげな表情でそう言うと、今度は角度を変えてより深く口づけられた。
私のことを大事に思ってくれているのは、ちゃんと嬉しい。でも、相手に触れたいと思っていたのが自分だけじゃなかったことが、今、分かってもっと嬉しくなった。
「ふ……っ……」
高校の時、触れるだけだった初じめてのキスとは違って、これまで経験したことのない甘くしびれるような大人の口づけの感覚に、体がじんじんと熱くなってくる。
それ以外の事を考える余裕なんかないまま、ただ吉沢くんを感じていると、再び体が離された。
「これ以上すると、僕も、止まれなくなるので、今日はここまで……んっ!?」
だけど、もっと彼に触れたいという気持ちに突き動かされて、離れていく吉沢くんをグイッと引き寄せると、今度は私から口づける。
「あ、朱里さ……んっ、ちょ……んっ」
戸惑う彼の言葉を絡めとるように、何度も唇をふさぐ。
吉沢くんの下唇の柔らかい感触に、思わずちゅぅと軽く吸い上げると、体の奥からゾクリと込み上げてきて、髪の先まで熱を帯びたようにどこもかしこもじんじんと痛む。
すると、キスをしたままグッと強い力で押し戻されたかと思えば、急に抱き上げられて思わず声を上げてしまった。
「きゃ……」
そして、そのままベッドまで運ばれて押し倒されると、襟元を少し開かれ、吉沢くんの唇が直接首筋に触れてきた。
その柔らかくて、時折り舌で舐められるヌルリとした感触に、思わず肌があわ立つ。
「まったく貴女ときたら、僕の気もしらないで……」
そう言って、口づけが鎖骨まで降りてくると……。
「痛ッ……、痛たたっ……!」
そこで強く吸い上げられチクッと痛みが走ると、薄っすらとキスマークをつけられた。
「お仕置きです」
吉沢くんが、そう言ってほんの少し体を起こした。
「……本当に、今日はここまでです」
「え……」
ほんの少し見上げるようにして、吉沢くんを見つめる。
「そ、そんな、顔をしてもダメです。明日からまた仕事でしょう? これ以上のことをしたら、体に大きな負担になります。目の下にクマが出来るまで頑張っている貴女に、無理はさせられません」
吉沢くんの指先が、再び優しく私の目元を撫でてくれた。
すごく離れがたいけれど、正直、私も想いが込み上げてきて衝動的に体が動いてしまったものの、キスの先の事までちゃんと考えていなかった。
だから、真剣に体のことを気遣ってくれている言葉に、今度は大人しくコクンとうなずいた。
「心配しなくても、この続きは今度ちゃんと機会を作って、じっくりと……」
吉沢くんの顔が近づいてきて耳をくすぐるようにそう囁かれると、さっきは自分から大胆な行動に出たくせに、思わず顔に熱が集まってしまった。
「まったく……さっき、自分から迫ってきておいて、何ですかその顔は……! 僕はこの先、ずっと朱里さんには敵わないような気がします……」
覆いかぶさったままどこか嘆くような声を上げた吉沢くんに、どうしようもなく愛しい気持ちが込み上げてきて、自分の事を棚に上げて思わずクスリと笑ってしまい、もう一度、吉沢くんからお仕置きを受けたのだった。




