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第5話 少女の決意

森を抜けるまでの道のり、二人は不思議と一言も言葉を発することはなかった。

 リーネは、先ほどの光景が今でも脳裡に焼き付いていた。一体、アルマは、どんな意図を持って、少女にリンシア牧場を見せようと思ったのか。


『意味を与えてくれると思うんだ。ダンジョンで生まれたヒトである君のような存在が……僕の牧場に——』


 彼の言葉を推測するに、ダンジョンで生まれた少女から、何かしらの知見を得ようと思ったのだろうか。

 彼の、魔物の飼育に対する熱意は並々ならない物があったから、それも間違ってはいない気がする。

 しかし、それを補って余りあるほど、行きずりの少女に秘密をさらけだすリスクは大きかったはずだ。

 魔物の飼育……。なぜ、アルマは、それに固執するのだろうか。


 森の入り口に差し掛かった時、目にも鮮やかな茜色が視界を満たした。どこまでも続く草原に、夕を告げる光が舞い降りていた。


「こっちにも、お日様はあるんだね。何でだろう、さっきは気づかなかったよ……」

 

 リーネは、夕焼けの草原に目を細めながら呟いた。その声に、首を傾げるアルマ。


「こっちにも……? リーネはここ以外にも、太陽を見たことあるのか?」

「うん。わたしが生まれた場所も、おっきな空があって、そこには輝くお日様があった……」

「そうか……。ダンジョンは、不思議なことだらけだ」

「…………」


 リーネは、次の言葉を口にするのを躊躇った。それは、他ならない、二人の別れの言葉だったから。

 アルマには悪いけれど、リーネは、リンシア牧場を見て、彼にとって有益な言葉を送ることもできそうになかった。終始、リーネははしゃぐことしかできなかった気がする。

 ——短い間だったけど、楽しい時間をくれてありがとう———そう言うとした。

 だけど、リーネは恐れた。再び、これまでの日常へと戻ってしまうことに。

 友も家族もなく、魔物(モンスター)と軽蔑される日々。寒くて、乾燥した日常がこれからも、続いていく。


 そう思うと、リーネの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 ブリーダーを自称する青年は、少女には視線を向けず、夕日に照らされた平原の彼方を見つめていた。

 そして、彼は静かに言葉を発した。


「僕は、変えたいんだ。人間と魔物が、殺し、殺され合うだけの、この世界を———」

 

「……え?」

「馬鹿みたいな望みだけど。けれど、僕は今の世界のあり方が正しいとは思えないんだ……。だから僕は、世界を変えたくて、大迷宮ダンジョンにやってきた」


 突然のアルマの言葉に、リーネは声を失った。それは、この世界に生きるすべての人間の常識を覆す野望に他ならなかったから。


「だけど僕には、力がなくて、しかもそのせいで、一度は失敗した……。大切な仲間を全員失ったよ」

「仲間……。魔物モンスターの……?」

「そうだよ」


 アルマが悲しげな笑みを、リーネにむけた。


「僕は、テイマーとして魔物の仲間たちとダンジョンを攻略していた。この世界の真実を探るために……」


 世界の真実……。大迷宮の果てに隠されているとされる至宝。


「僕は甘かったんだ。自分にも、仲間にも……。それが仲間を失う原因だった。生ぬるい友情にひたって、自分が、魔物を武器に戦っている事実を忘れていた……」


 それが、”理由”なのだろう。彼が牧場を作り、徹底した魔物の交配と飼育を試みていることの。


「私情も、愛情も挟まない。僕は野望を果たすまで、ここで最強の魔物ぶきを作り続ける」


 その時、ダークエルフの少女の体内に、燃え上がる激情がほとばしった。


「嘘だよ! そんなの、嘘、だよ……。そんな悲しそうな顔で言われても信じられないよ、アルマ」

「嘘じゃないよ……。現に僕は今、エリアスと言う最強の武器を手にした。彼は、僕が作り出した自慢の両腕として機能している。……リーネも見ただろう?」

「そ、それじゃあ、なんでわたしをここに連れてきたの?」

「それは……。僕は、君のことを、心のどこかで魔物(モンスター)だと思っていたんじゃないかな……。気の迷いさ……」


 リーネは、握る拳に力を込めた。

 何だろう、この気持ちは。急に、目の前の青年のことが分からなくなった。さっきまでの、どこか飄々としているけど、優しいアルマはどこに行ったのだろう。


 分からないわけじゃない。彼は、今まで一人だったのだろう。一人で、戦う他なかった。誰も、自身の思想や望みを理解してくれるわけがないと——。


 だけど、彼の最後の言葉は、とてもリーネにとって許せるものではなかった。

 リーネ自身を侮辱する発言だったからではない。

 アルマが、その言葉とともに、他ならぬ彼が持ち続けなければならない人間と魔物との間の、尊敬や信頼を投げ捨てようとしたから……。

 

 リーネは、握る拳をいた。

 生まれて初めて、他人に平手うちを決めてやろうと思ったのだ。


 リーネは、彼の気の迷いを打ち払うように、大きく手を振り上げ——。


『ぼむん』

「っうわ!?」


 およそ、平手が素肌を打ち付けたとは思えない音が、草原に響き渡る。

 同時に、青年が大きな声を上げて前のめりに突っ伏した。


「いたたたっ、——エリアス……」


 アルマは、自身を突き飛ばした存在を認める。そして、エリアスの表情にありありと浮かぶ感情を瞬時に理解した。


「エリアス、お前めちゃくちゃ怒ってるな……」


 アルマに激しく詰め寄るエリアス。その、怒りの感情は、リーネにもはっきりと伝わった。アルマに、エリアスの感情が伝わらないわけがない。

 そして、エリアスがなぜ、怒っているのかも。


「当たり前だよ……。アルマ、少し頭を冷やして」


 リーネは、困ったようにエリアスの攻撃を避ける青年に言った。

 そして、リーネは思った。

 ——アルマ、案外頼りない……。

 彼は今、悩み、迷っている。彼と似た境遇の少女には、そういった状況での、心の危うさを知っている。

 少女は、今し方、胸に去来した思いを、青年に向かって吐き出した。


「わたし、決めた。……アルマ、わたしをここで——リンシア牧場で働かせて!」


 少女の決意を聞き、青年は、ただただ呆気にとられるのだった。


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