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第2話 ブリーダー

「貴様……。どこから!?」


 突然の青年の割り込みに、大柄な男、ブレイも驚愕に目を見開いていた。

 ブレイからして見れば、自分たち三人とダークエルフの少女以外、この場には誰も存在していなかったはずだ。


「ずっとここにいた」


 青年は、表情ひとつ変えずに答えた。


「なっ!?ふざけたこと言ってんじゃねえ!! お前らも見てないよな!?」


 ブレイは背後の仲間に問うた。二人の仲間は、ガクガクと何度も頷きを返す。二人の表情には、当惑と不安がありありと浮かんでいた。


「それに何だ、そのふざけた雑魚魔物(モンスター)は——」


 そう言って、ブレイは棍棒の先端を、二匹のスライムに向けた。それらは、今、謎めいた青年の両肩に鎮座している。


 明らかに尋常のスライムではない——ダークエルフの少女は、先ほどの一幕からそのことを瞬時に察したが、どうやらブレイは、そうではなかったようだ。


「そんなことよりさ……」


 青年は、なんとでもないと言ったていで言葉を打ち切った。


「君は()()を見ても、この娘の価値が、その”血”にしかないって思う?」


 男に向かって言葉を発しつつも、青年は少女の顔へ視線を向ける。突然、話題が自身の事柄に移ったため、少女は肩をびくりとさせる。

 一体、彼は何を言おうとしているのか、少女には察しがつかなかった——それは、ブレイも同じだったようだ。


「今の、だと? 一体何のことだ? 俺ぁ、こいつの”血”以外にはまるっきり興味がねぇな」


 男の言葉を聞き、青年はため息をもらした。

「ふーん、そうか……。案外、僕の存在に気づかなかったのは、君の目が節穴だっただけなんじゃないか?」

「貴様っ!! 調子こいてると、顔面ブッ潰れるぜ——」


 青年の(あざけ)りに、ブレイは激昂した。棍棒を両手で上段に構え、渾身(こんしん)膂力(りょりょく)でもって、青年の顔面目がけて振り下ろす。


「——エリアス」


 青年は直立不動のまま、呟いた。同時に、彼の両肩に居座っていた、二匹のスライムが飛び跳ね、青年の頭上でひとつに合体した。

 そして、一匹となったスライムは、ブレイの振り下ろす棍棒を、空中で正面から受け止めた。

 棍棒がスライムに食い込み、水面に岩を落とし込んだような鈍い衝撃音が轟く。


「っ—―」

 少女は咄嗟に目を逸らした。

 轟音が鎮まり、不気味な静けさが満ちた。

 奇妙なことに、スライムとブレイは時が止まったかのように、衝撃の瞬間で静止していた。


「馬鹿だなぁ。エリアスに物理打撃は悪手も悪手。今度から気をつけてよ」


 その言葉と共に。

 ブレイは血を吐きながら、天を仰ぐようにぶっ倒れた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 到底、理解の及ばない状況を目の当たりにしたブレイの仲間は、しばし唖然としたのち、仲間を呼ぶと言い置き、その場を逃げ去った。

 ブレイはと言えば、依然、気を失ったままである。


「さ、逃げようか、着いてきて」


 青年が、少女に向かって言った。その顔にはわずかに優しげな眼差しを浮かべている。


「……え?」


 少女は状況を整理するのに精一杯で、現状、自分がなすべきことが何なのか、完全に見失っていた。


「怪我してるでしょ。上に帰るわけにもいかないし。いい場所、知ってるから」


 そう言って、青年は少女に手を差し出した。


「う、うん……」


 少女は、青年の手を取り、引かれるようにダンジョンの深部へと進んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「まだちょっと歩くと思うけど、怪我の方は痛むかい?」

「えっと、右足がちょっとだけ……」

「確認してもいいかい?」

「う、うん」


しゃがみ込んで少女の右ももの怪我を確認する青年。

何となく気恥ずかしさが少女の中で生じた。


「打撲だね。応急処置をしよう。エリアス、冷え冷えの奴を頼む」

『ぷる、ぷる』


エリアスと呼ばれたスライムが、小刻みに震えると、体の一部が小さなもう一つのスライムへと分離し始めた。


青年は、新たなスライムを手に取ると、それを薄く伸ばし始める。


「これを患部に巻きつけておくといい。楽にはなると思うよ」


そう言って青年は、少女の右ももに薄く伸ばしたスライムを巻きつける。


「つ、冷たいっ。……けど、気持ち、いい」

「それはよかった。ちゃんとした手当ては、ここではできないからそれで我慢して欲しい」

「ううん。ありがとう……。それから、スライムさんも」

少女は小さく微笑んだ。


『ぽむ』


スライムが喜びを表すように体を揺らした。


「こいつはエリアス。僕の右腕、いや、両腕とも言える存在だよ」 

青年が、エリアスを紹介する。やはりエリアスというのは、このスライムの名前だったようだ。


「そういえば僕たちの自己紹介がまだだったね。僕はアルマ。見ての通り魔物の扱いがちょっとばかり得意なんだ。——君の名前は?」

「リ、リーネ……」

「いい名前だ。……君は、ダンジョンの生まれかい?」

「えっ……。どうして?」


リーネは衝撃を受けた。あまり知られたくない事実だったのだが、あっさりと見破られてしまった。


「外の世界では見たことがないからね。君の姿をした種族は」

「——っ」


リーネは言葉を失った。衝撃的な事実をさらっと知らされたため、とっさに反応ができなかった。

リーネの反応を見て何かを悟ったのか、アルマは気を遣って言った。


「まあ、この話はおいおいってことにしよう」


その言葉を最後に、沈黙が二人を包む。


「ア、アルマは、テイマーなの……?」


 沈黙に耐えかねたように、リーネと名乗った少女は、おずおずと尋ねた。こうやって、誰かと世間話をするのはいつ以来だろうか。


「ちょっと違う。僕は、ブリーダーだよ」

「ブリーダー……?」


 リーネはオウム返しに尋ねた。今まで、曲がりなりにも多くの冒険者とダンジョン内で関わってきたが、そんな彼女でも聞いたことがない言葉だった。


「違いを説明するのは難しいな。ただ、僕にテイマーを名乗る資格はないから……」


 そう語るアルマの表情を、リーネはいつまでも記憶することになる。果たして、これほどまでの悲しみに暮れた表情があるだろうか。

 リーネは、何も答えることができなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


《洞の迷宮》は、奥へ潜れば潜るほど、複雑さを増していく。

 一つのうろを抜けたかと思えば、十数にも及ぶ分岐路が、目の前に現れることも珍しくない。


 そうは言っても、《洞の道》は大迷宮(ダンジョン)のわずか第8層でしかない。いわば、冒険者見習い用の探索階層(フロア)である。

 それはすなわち、多くの先人が歴史を通してこの階層を攻略してきたということであり、《洞の道》の攻略ルートは、すでに広く知れ渡っている。


 しかし、アルマは《洞の道》の攻略ルートを大きく外れた場所へと、リーネを導いていた。

《洞の道》は比較的、魔物とのエンカウントが少ないことで知られており、実際二人は、ここまで魔物と出会すこともなく、平和な逃避行を続けていた。


 移動を始めて数十分がすぎた頃、アルマがおもむろに口を開いた。


「お疲れ様。ここが到着地点だよ」

「え? ここって……」


 リーネは困惑した。そこは見るからに、ダンジョンの行き止まりだったからだ。

 大樹の幹の内部をくりぬいたような、ドーム状の広間には、しかし自然物以外は何も見当たらない。


 いい加減見慣れた苔むした木肌の外壁と、広間の大部分を占める水たまり。


「この泉に秘密があってね……。さてここまで来たからには、君は僕の共犯者だよ——秘密を誰にも漏らさないって約束できるかな?」

「うぇえっ!?」


 突然、共犯者に仕立て上げられ、リーネは素っ頓狂な声をあげてしまった。


「どういうこと……?」


 リーネは不安げに尋ねる。 


「そうだね。包み隠さず話そう……。僕は君の才能に惚れ込んだんだ。だから……僕の”牧場”を見てほしい」

「わたしの才能……? 牧場……?」


 突然飛躍したアルマの言葉に、リーネは一層混乱を深めた。


「すまない、僕は説明が下手らしい……」


 アルマはさして申し訳なさを見せずに言った。


「さっきの戦い。君は、()()()()()()を爆発させようとしたね」

「え……」


 リーネは絶句した。

 なおもアルマは説明を続ける。


「あの呪文、見間違いはしないよ。ダークエルフの最上位の自爆闇魔法だ。それを、目の前で襲い掛かろうとする人間に直撃しないよう、出力を制御していた……簡単にできるものじゃない」


 何故だろう。リーネは、全身の震えが止まらなかった。

 ——あのときの覚悟が、鮮烈に思い出されたから? 

 ——どうしようもなくお人好しで惨めな、自身のやるせなさから?


 そうではないのかもしれない。


「……意味を与えてくれると思うんだ。ダンジョンで生まれた()()である君のような存在が……僕の牧場に——」


 認めてくれたからだ。ヒトとして生きたいと願う、身の程知らずな生き様を。


 リーネは、アルマの顔を見た。

 そこには、今まで自身に向けられたことのない、柔らかで純真な眼差しがあった。

 

 牧場というのが何なのか、いまいち理解はできていないけれど、そこには自分が求めてやまない何かがある気がした。


 リーネは力強く頷いた。


「約束する。だから……わたしを、あなたの世界に連れていって!」

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