09 花屋の息子による確認作業と悪戯
03に次ぐ2番目の長さになりました。
「もしかして、あの子だったりしないかしら」
俺は自らの食器を洗い場に持っていき、モニアータさんの居る場所へ戻った。
彼女が呟いている内容はさっぱり分からない。しかし、あまり俺が突っ込んで聞いていいような話とは思えなかった。
そのため、居心地が悪くなった俺は自らの部屋へ戻ろうとした。
しかし、その時にモニアータさんが神妙な顔をして、話しかけてきたのだ。
「ねぇ、フランちゃん。ちょっと良い?」
「うん、何?」
「あなたのお母さん....ううん、あなたを産んでくれた人のこと、覚えてるかしら」
「......覚えてない」
モニアータさんはおそらく、俺のお母さんの名前は知っているのだろう。そのうえ、彼女は俺に似た容姿の人を知っているのだと思う。
しかし、俺はモナ・フォースという俺のお母さんらしい人どころか、今は全ての記憶が無くなっていた。
そのため、心苦しいが覚えていない、という事にしておくことにした
「......そうなのね、フランちゃん。ありがとね」
モニアータさんは一瞬寂しそうな顔をしたが、その後はさっきまでのフワフワとした笑顔に戻っていた。
俺は何も返事が出来ず、この生まれた沈黙に乗じて、今度こそ自らの部屋に戻ろうとした。
そして椅子から立ち上がり、リビングの扉の前に立った時だった。
「ねぇ、フランちゃん」
モニアータさんが俺に話しかけてきた。
俺は、なんだろうと思い、振り返った。彼女は俺の返事を待たずに、話を続けた。
「私って、あなたの、何かしら......?」
モニアータさんは僅かに不安げな表情で問い掛けてきた。
彼女は何かに怯えているような表情をしている。
しかし、ここで何を思おうが、俺がここで返せる言葉は一つだけだった。
「お母さん」
その返事のお陰か、彼女の表情は和らいだ。
「良かった。ちゃんと、あなたのお母さんになれているのね」
その和らいだ表情は、さっきまでよりも生気を感じる表情だった。
だが、彼女はまだ安心はしていない表情が僅かに見えた。まだ『お母さん』としての自信が無いのだろうか。
部屋に戻ろう。そうして扉を開け、閉めようとした瞬間に『それ』は聞こえた。
「ラグチェのように、私の前から居なくならないでね、フラン」
その声が聞こえた瞬間に、俺は扉から離そうとしていたドアノブにすぐ手を戻し、扉と壁の間に僅かに隙間を作った。
そこから彼女の様子を覗いてみた。
彼女は目に涙を浮かべ、その瞬間、ポツリと一滴の雫が落ちた。
◇
自分の部屋に戻り、唯一の座れる場所であるベッドに腰かけた。
そういえば、こっちで俺の記憶が戻ってから、初めて一人になれたな、とこの時に気付いた。
俺はついさっき瀧本露に久しぶりに出会い、そして突然、線路に落とされ、電車に轢かれた。
そして今朝、転生に気付き、朝から騒がしいティアナに起こされた。その後、二人して眠ったあとにモニアータさんとの昼食&対話。
相変わらず盛り沢山な一日だな、と思った。恐ろしい事に、時計を見るとまだ昼の一時なのだ。
その時ふと、俺は違和感を感じた。
違和感を探るため、何となく部屋を見渡してみた。
俺のベッドに、壁掛けの時計。ベッドの傍にある低めの棚、その上に乗っかる小さなランプ。そしてクローゼット。
それらを見ても、何も違和感が解消されなかった。全てに違和感があるのに、何が正常なのか自分でも認識していないような感覚だった。
そして、そこからは徹底的に部屋の中を見渡すというより、違和感の迷子の原因を探した。
ベッドの下やランプの笠の中。見えてもいなかったクローゼットの中やタンスも全てをくまなくチェックした。
そうしても、違和感は減るどころか、増えるばかりだった。
何故だ、何故なんだ。
ふと、何故か窓の外からずっと聞こえている声が気になった。それは違和感が見つからなくて、イライラしていたからなのかもしれない。
しかし俺は、そこでついに違和感の正体に気付いた。
二階にある俺の部屋から窓を開け、見下ろすとモニアータさんがおり、下の階で花屋の接客している光景が見えていた。
その花屋から出ていき、帰ろうとしているお客の格好が妙に古めかしく感じたのだ。
そうだ、あれは世界史の......中世とか近代の格好じゃないか?
俺はかなり前に学校で学んだ記憶を掘り起こし、思い当たる服装を見つけた。
あまりにも馴染んでいて、俺自身もそんな格好をしているのに気づいていなかったのは盲点だった。
そして、その格好と俺の部屋の状態を見たら、違和感の正体が一目瞭然だった。
服の進化具合に比べて、明らかに家具の進化具合が段違いだった。
確かに見た目は現代的ではないが、機能は日本で使っていた家具となんら変わりない使い心地だったのだ。
何で今まで気付かなかったのか不思議だ。
多分、何個かこういう物をスルーしていた気がしてやまない。
そういえば、ティアナが紙に書いてまとめて渡すって話とか。貴族でもないのに、紙を気軽に使えるとか普通なら有り得ない話だよな。
その話のことを思い出していると、ティアナとの話が途中だったことを芋づる式に思い出した。
そのことを思い出した俺は、今頃ならお昼ご飯も食べ終わっている頃だろう、と考えた。そうして、俺は階段を駆け下りて、隣にある俺の家と同じような作りの家へ向かった。
◇
ティアナの家の裏口から入ろうとした俺は、鍵がかかっていないことに驚いた。しかし営業中のため、これはこっそり入るべきだ、と俺が勝手に判断し、侵入した。
いや、声を掛けてから入った方が良いのは百も承知だ。
だけど、声をかけたら店の接客中の人に聞こえちゃうかもしれないし、しょうがないしょうがない。
まぁ、ちょっと驚かせたい悪戯心がない訳では無いけど。
そして、こっそりティアナの部屋であろう場所を覗いたら、案の定机で紙に何かを書いていた。
視線がこちらに向かないかを暫く確認し、大丈夫だと思い、扉を開けた。
まだ気付いていない。
ならば、至近距離に近づいてから、真後ろから耳元に囁こう。
そんな悪戯を考えながら歩いていたバチが当たったのか、気付かれずに真後ろにスタンバイが完了した時にそれは起こった。
彼女は俺の気配に気付いたのか、突然、後ろを振り返ったのだ。
それは、当初の予定通りに耳元に囁こうとし、顔を彼女と同じ高さに揃えたのと同時だった。
「あっ」
「......え、と......?」
俺は振り向こうとしたことに気付いたが、時既に遅し。遠ざかるのも間に合わず、既にこちらを向いていたのだ。
そうすると、どうなるだろう。
顔を真正面から見つめることになってしまう。
しかも、耳元に囁こうとしていたお陰で、顔と顔の距離は鼻先が触れ合いそうなくらいに近かった。
彼女とは、さっき会った時より近い距離になっていた。
そのせいか、彼女の花のような甘い髪の匂いが、鼻腔を通り抜けた。
「......スーッ..............パー........」
「......ティアナ......?」
「......あっ、えと、ご馳走様です」
「ん......?」
そこでティアナな突然深呼吸を始め、その後ご馳走様と言ったが、俺は困惑したまま、固まっていた。
「......ん、あ、あぁ?......ああああああああぁぁぁ......!!」
「うわっ......と。ティアナ、突然どうしたの?」
「なんでもないですっ!!なんでもないので忘れてくださいっ!!というかなんでいるんですか!?」
顔をそのままの距離にしていたら、彼女は俺をお構い無しに椅子を引かれた。なんとか、俺は瞬時に後ろに下がることで、なんとか転倒は避けられた。
その間に彼女は、いつの間にかベッドへ移動しており、さらには布団の中に潜っていた。そして、布団の中からのくぐもった問い掛けに、俺は返答をした。
「ごめん......ちょっと聞きたいことがあって来ただけなんだよ....」
「あぁ......そうですか、そういうことですか......」
「本当にごめんっ!」
「いや、大丈夫ですよ......ちょっと、疲れただけなんで......」
俺は勝手に来たことやビックリさせてしまったことに対する謝罪を行った。いや、ならビックリさせようと考えた時点でやめろよって、自分でも思う。
けど、悪戯ってなんだか心が踊る。多分、好奇心が勝っちゃうのだ。
まぁ、それで迷惑かけたならば、誠心誠意謝るのが条件だとは思うけど。
だが、彼女の返事はかなりゲンナリした声をしていた。
これは用事は明日した方が良いな、と判断し、彼女にその旨を伝えた。
「疲れてるみたいなら、また明日聞きに来るね」
「はぁい......その時はしっかりアポを取るか、先に知らせてから入ってきてくださいよ?......一応、女の子の部屋なので」
「あー......気を付けるね。じゃ、バイバイ」
俺がその提案を彼女にすると、彼女は肯定しながらも、俺にしっかりと言い含めた。
今は10歳の女の子だとしても、マネージャーとしての抜け目のなさは変わりなくて、俺は苦笑いをした。
そして帰る時に、何気なく窓から外を伺った時、既視感のある人物を発見した。
俺にとっては、つい昨日会ったばかりの人にとても似ていたのだ。しかし、それにしては年齢がかなり違っていた。
でも、それはまるで、幼い頃の━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━瀧本 露みたいな、容姿だった。