08 花屋の主人による問い詰め
「待って、俺って病弱だったの?」
「......あっ......まぁ、はい」
ティアナがさりげなく、俺の覚えていない情報をサラッと暴露した。
彼女は失言に気付いたのか、目線が俯き気味になった。そして、こちらを見ようともしなくなっていた。
彼女は明らかに動揺が隠せていなかった。
しかし、失言した彼女をフォローするような、ましてや問い詰めるような精神を俺は持ち合わせていない。だが、俺の知らない情報だからこれは問い詰めたい、という矛盾した感情を抱いている。
彼女は彼女で、これ以上口を滑らせないためなのか、何も言葉を発しなくなってしまった。
そうして俺らは、一種の膠着状態に陥った。
「......あ、あの。取り敢えず今日は失礼しますっ!!」
「え、あ、ちょ..............行っちゃった....」
彼女は様々な動揺が重なり、抱えきれなくなったのか、突然腰掛けていたベッドから立ち上がった。
そして、彼女は俺の返答を待たずに、小走りで部屋の外へ出ていってしまった。
しかし、彼女は直ぐに戻ってきた。しかも、なぜか俺の母であるモニアータさんを引き連れて。
「あらまぁ痴話喧嘩? 私にちょっと聞かせて頂戴、フランちゃん」
「あのっ! モニアータさん、別にそんなんじゃ......んむっ」
「ティアナちゃんは一回落ち着きましょうね~。で、フランちゃん、実際どうなの?」
ティアナはモニアータさんの胸を押し付けられ、言葉を封じられた。
彼女は反論したそうにしていたが、離れようとするとさらに押し付けてきて、何も出来なくなって諦めたようだ。
そして、俺の母であるモニアータさんはどうやら、子どもの恋愛事情に興味津々な人のなのが分かった。これは学生時代によく見たある人種だな、とちょっとげんなりしていた。
これは他人の恋愛の相談を聞くフリして、どうにかくっつけさせようとする所謂カプ厨の傾向だ。即刻対処しないと、いつの間にか外堀りを埋められてしまう。
しかし、今のところ外堀りは両方の両親たちだけだ。今、モニアータさんを納得させれば広まらずに済むだろう。
「ねぇ、お母さん、早くお昼ご飯食べようよ」
「..............まぁ、そうねぇ......取り敢えず、お昼ご飯食べながら話しましょうか。ティアナちゃんは申し訳ないけど、今日は二人でお話したいのよ。......良いかしら?」
「......あ~、まぁ、はい。結構長い間お邪魔しちゃったし、全然大丈夫ですよ」
「そう、ありがとうね、ティアナちゃん」
「はーい、ではお邪魔しました!!」
俺はモニアータさんを納得させる自信が無かったため、取り敢えず子供らしく誤魔化そうとしてみた。しかし、それは変な効力を発揮し、妙にシリアスな雰囲気になってしまった。
当事者であったはずのティアナは、なんか妙に納得した感じで、そそくさと帰ろうとしているのだ。
俺は帰ろうとする彼女を捕まえて、モニアータさんに聞こえないように、囁き声で疑問を呈した。
「ねぇ、ティアナ。何この空気」
「......えっと、原因は分かります」
「何」
「......口調」
「何それ」
「これ以上は、モニアータさんに聞いてください」
ティアナに事情を聞こうとしたが、口調が原因、と分かっただけだった。しかも、その口調とはどんな口調なのかも分からず、俺だけ置いてけぼりな状態になってしまった。
そして、ティアナは帰り、俺の部屋にモニアータさんと俺だけの状況になってしまった。
えっ、何この状況。
◇
俺は、俺の母であるモニアータさんと同じ食卓についていた。
目の前にあるのは、サラダらしきものと、ポトフのような料理だった。
この世界では、これが豪華なのか貧祖な食事なのかは分からない。しかし、記憶がまだ戻っていない状況で
これを聞くのはあまりにもリスキーだろう。
そう考えた俺はボロを出さないようにように、彼女が食べ始めたら、俺も食べ始めようと決めた。
「あら、フランちゃん食べないの?」
「いや、あの、その、えっと......いただきます」
「......私も頂こうかしら、いただきます」
俺は異世界に『いただきます』なんていう文化あるのか分からず、黙っていた。しかし、食べなければいけない状況に陥ったため、一かバチかで取り敢えず言ってみた。まぁ、それは正解だったようで、なんとかなったらしい。
そして、俺と彼女は食べ始め、無言であらかたの料理を食べ終わったところだった。忘れかけていた目的を思い出させたのは、母のモニアータさんからだった。
「ねぇ、フランちゃん。さっきは『お母さん』なんて呼んでくれたけど、突然どうしたの?」
「......っ!?」
それは丁度、水を飲もうとしていた時で、俺は動揺してむせかけてしまった。
あ~......それがダメだったんだ、と思いながらも、どんな状況か分からずに狼狽えていた。しかし彼女はそんなことはお構いなく、畳み掛けてきた。
「それに、あんなタメ口してくれるなんて、孤児院にいた時以来じゃないの」
「......まぁ、うん」
彼女が発す言葉の情報の多さに狼狽えながらも、俺は無難な返事をしながら心を落ち着けていた。
孤児院......?え、義理の、母ってことか......?
そして、なんとか情報を飲み込めた俺は、黙ってこちらを見つめる彼女に答えを返した。
「..............」
「......ん、答えたくないのならまぁ、良いわ。だけど、そのためには一つ条件を課します」
「条件......?」
沈黙を、俺は答えとした。
そうだよ!逃げたよ!だけどこれは戦略的撤退だからなっ!!
そう頭の中で言い訳している間も、彼女の話は進んでいた。思わず、声を出してしまったが、かなり危なかった気がする。
「そう。その条件は、私をお母さんと呼び、タメ口で話すこと、良い?」
「......うん、いいよ」
「......そう、それでいいのよ。ほら、次はお母さんって呼んでみてくれない?」
「......お母さん」
「......ありがとう、食べてていいわよ。これ以上は何も問い詰めないわ」
俺としては全然呼べたのだが、母であるモニアータさんは、この『フラン』には呼ばれなかったのだろう。
俺は、その気持ちに少し同情した。
だが、ここで新たな問題が発生していることに気がついてしまった。
これ、記憶戻ったら、ヤバい状態になるのでは......?
記憶戻ったら、精神に俺が混じった『フラン』と同義だ。少しは第三者目線も混じるのだが、『フラン』成分2分の1でモニアータさんと接している今と比べると、少なくど『フラン』3分の2で相手しなければいけなくなる。
今でも心の中には、お母さんと呼ぶことやタメ口になることに抵抗感があるらしいのだ。記憶が戻ってしまったら、その理由も知ることになってしまう。
そうすると、お母さんと呼ばないこと、タメ口で話さないことの根拠が出来てしまう。
そうやって思考を回しながらも、俺はサラダを食べ終えて後片付けをしようとしていた時だった。
モニアータさんの呟きが聞こえてしまったのだ。
「フランちゃんのお母さんの娼婦、モナ・フォースって、誰なのかしら」