03 転生のきっかけ
毎日9時頃投稿する予定です。
11/30 一部修正と、新たに行を追加しました。
「......消えて......もらう?」
「そうです....!消えてもらいますよっ!私たちがこの世から消し去ることは無理でも、社会的地位を最底辺まで落とせば上がってこれないはずです.....!!アハハッ!!」
普段は真面目で実直なマネージャーである彼女が、発狂気味に『瀧本露には消えてもらう』と言い放った。
その発言に俺は、一瞬頭がバグってしまったのか、と錯覚した。それは聞き間違いかもしれない、と困惑しながらも聞き返すと、間違いなく『消えてもらう』という言葉が聞こえてきた。
しかも、その流れで大まかな計画についても話していた。これは間違いなく、瀧本露を消そうとしていることを察してしまった。
そして、彼女が感情の整理なんて微塵も出来ていなかったことも、察してしまったのだ。
そう、ただ俺が冷静になるまで、我慢していただけだったらしい。
彼女は、今二人共が同時に発狂してしまったら、収集が付かなくなることを察したのだ。彼女は今の今まで我慢していただけだった。
「薫さん......? 薫さんはなんでそんなにも冷静でいられるんですか? 薫さんが築いてきた地位が一瞬で蹴落とされたうえ、薫さんが大好きで、一年はかけて尽くしてきた人が実はとんでもない悪女だったんですよ? 何故、そんなに冷静なんですか。ねぇ、ねぇ、薫さん答えて下さいよ。ほら、早く、早くっ!!」
彼女は声を荒らげながらも、矢継ぎ早に問い掛けが飛んできた。それに、俺は圧倒されてしまった。そして、俺は何故冷静なのか、という疑問に自分自身も分からなくなってしまった。
そして数分の間、彼女は興奮状態で声を枯らしながらも、途切れなく俺に話しかけていた。
それほど時間を使って考えても、大した結論は出なかった。
「......俺も、分からない......ショックで、何も考えられてないのかもしれない、ごめん」
俺が返事を返した瞬間、彼女は全ての動作が止まった。
彼女は無意識にしていたであろうジェスチャーや、今にも立ち上がりそうな姿勢、全ての動きを止めていた。
そして動いたかと思ったら、彼女は瞬時に姿勢や身なりを軽く整えた。その直後に彼女は目線を合わさず、俯きながら言葉を発した。
「......取り敢えず、私は朝食を2人分買いに行きますので、薫さんはその間にこれからの予定を考えといてください」
そして彼女は、俺には返答させまい、とばかりに速攻で玄関の扉を開けて出ていってしまった。
部屋の中は静寂に包まれており、普段通りの環境を取り戻していた。
しかし、机の上の雑誌と、マネージャーと俺の心情を除いて。
「大丈夫なのかな......」
正直なところ、俺は彼女の意見には賛成する気にはなれなかった。いやなれなかった、というよりも、復讐をする気力さえ湧かない、と言った方が正しいと思う。
ただ彼女はむしろ、俺のことを心配していたからこその考えなのだと思う。その復讐するという考えは、俺としてはやってもらっても構わない。むしろ俺は、ちょっと喜ぶかもしれない。
しかし、俺自身がその計画に関わるとなると、話は別だ。
今の認識としては瀧本露が裏切った、もしくは俺を陥れたという形だが、実は勘違いかもしれない。たとえ裏切りが実際にあったとしても、一年も恋焦がれている相手に未練が無い、なんてことは有り得ない。
俺がその計画に関わったら戸惑ってしまい、計画が中途半端に終わってしまう可能性が非常に高い。最悪の場合、マネージャーの凛までも陥れられるかもしれない。
それらの事から、俺は今のまんまでも良いかな、と思っている。人の噂も七十五日とも言うし、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていたい。
そうして俺は気を取り直して、机の上の雑誌を片付けようとしている時に『それ』は見つかった。
それは、小さな付箋だった。
その付箋には詳細な『瀧本露抹消計画』が書いてあった。問題はその内容の中に『薫さんを最大限利用する』と書いてあったことだ。そのうえ、計画を書いたであろう凛は自らの命さえ犠牲にしようとしている計画だった。
そのマネージャーが書いたであろう計画メモを見て、俺は彼女の前から即刻消えた方が良いと考えた。
そのまま俺がいると、彼女は滞りなく計画を進めようとするだろう。
そして、計画の終了。
即ち、瀧本露の『抹消』と共に『白藤凛』は消える。
俺だけが被害を受けるならともかく、この計画では誰も得しない結末になる。ダメだ、何としてでも阻止しなければならない。
その結論に至ると、俺は部屋の隅っこにある埃の被ったバッグに目をつけた。
それは瀧本露に出会う前まで、つまり一年程前まで趣味としていたカメラ道具一式と、旅行セット一式が入っているバッグだった。
そうだ、これで週刊誌も出回らないような田舎に行き、ほとぼりが冷めるまで過ごそう。泊まり先の地元の人たちにバレてしまったら、また別の場所に移動すれば良いだけだ。
そうして俺は、彼女が帰ってくる前に、ある程度の荷物を追加でバッグに入れた。そして、全ての準備が終わった後、あと一つやるべきことに気付いた。
俺は本当の最後に、あの計画が書いてある付箋の裏側に書き置きを残した。
「いつ帰ってこれるかなぁ.....」
暫くは帰って来れそうにないなと思いながらも、そう呟き、俺は鍵もかけずに最寄りの駅へと向かっていった。
◇
最寄りの駅につき、俺はホームで電車を待っていた。
その駅は都心から少し外れた場所にあり、ホームドアもついていない駅だった。
ホームに着いた時には、休日の朝だということもあり、閑散としていた。
更には電車が出発した直後らしく、人は疎らに見える程度にしか残っていなかった。その後、俺は20分後に着く電車を待つため、椅子に座ろうとした。
しかし、この駅の椅子には全て『修理中』の紙が貼っていた。
そのため仕方なく、俺は点字ブロックギリギリの最前列になるだろう位置で待機をし、次の電車を待っていた。
そして、電車を待つ間、メッセージアプリの連絡先を整理している時のことだった。マネージャーの白藤凛から電話がかかってきたのだ。
俺は一瞬電話に出ようとしてしまったが、これは彼女の前から消える為の手段だということを思い出した。
そのため、俺はその着信音を名残惜しく思いながらも、携帯の電源を切った。
電車到着5分前、ホームに人が増え始めた。しかし、それは誤差と呼べるぐらいの人数で気にする程でもなかった。
だが、ホームに入ってきた人の中で一際目立つ格好をした女性がいた。
彼女は夏でもないのにサングラスをかけ、マスクとハンチング帽を被っていた。如何にも芸能人ですよ、とばかりの変装に、俺は彼女が降りてきた階段から離れて、また離れた最前列の場所に並んだ。
そうすると彼女は広いホームの中で、何故かわざわざ、階段から遠くの俺の後ろに並んできた。これは芸能人などではなく、ただの不審者か? と思った。
そのため、振り向くと彼女はマスクを外しており、ニヤついた口元が見えた。そして、彼女はサングラスの中からこちらを見つめていた。
それは、とても愛らしく、つり上がった目元が猫のような女性━━━━━瀧本露だった。
「犬飼さん、お久しぶりですね」
「あ、あぁ......」
俺は突然の挨拶に戸惑い、生返事しか返せなかった。
俺は、憎しみの感情すら湧かずに、ただ懐かしい人だ、という感想が頭を過ぎった。
『まもなく1番ホームに、各駅停車、○○行きが参ります。危険ですから、黄色い線の内側までお下がりください』
その時、電車が来るというアナウンスが聞こえてきた。
そして、そのアナウンスと半分重なるように、俺が一番聞き馴染みのある声も聞こえてきた。
「薫さん!? 薫さん!! 何処にいるんですか!?」
「あら」
「......っ!?」
何故、どうして。
そんな言葉が頭の中を反芻している間に、こちらも見つけた彼女は駆け寄ってきていた。そして、彼女は目の前で止まってから息を整え、隣の瀧本露には目もくれず、こちらに目線を向けていた。
「こんにちは、凛さん、よろしいかしら?」
「......!? あな、たは......何故、この場にいらっしゃるのですか?」
「偶然よ、偶然。ただ単に居合わせただけよ?」
そんな凛の目線すらも無視し、真っ先に凛に声をかけたのは瀧本露だった。彼女に気付いた凛は驚きながらも、如何にも憎々しい目をしていた。
彼女は凛の質問に、明らかに違うであろう、偶然、という答えを返した。
「あら、線路に鳩が迷い込んでいるわ、可哀想に」
明らかに怪しい彼女に俺らは警戒しつつも、その言葉に俺たちは反射的に、彼女から目を逸らしてホームに視線を向けてしまった。
その瞬間、彼女に背中を押され、線路に落ちてしまった。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
そして状況を理解したと同時に、反射的に起き上がろうとしたが、出来なかった。どうやら背骨が折れているらしく、どうしようもない状態に陥っていたのだ。
もうすぐ電車が来る。もう、助からないだろうと悟ってしまった。
「薫さん......!? ......っ、おいてめぇ!!また同じ手に引っかかるとでも思ってんのか!? 」
「......っ!!」
さっき仰向けに落ちたお陰で、ホーム上の光景が良く見えていた。
俺を心配した凛が、ホームのギリギリの場所で俺を覗き込んでいた。しかし、瀧本露はその隙を突くように凛を俺と同じように背中を押そうとしていた。だが、その瞬間に凛はその手を避け、逆にその手を掴み返していた。
しかし、彼女は掴まれていない方の手で凛の手を押し退けて、再度、今度は両手を使って確実に凛を落とそうとしていた。
だが、今電車が走ってくる音が丁度聞こえてきた。十秒もしない内に俺は轢かれ、電車は止まるだろう。
そのまま争って、どっちも線路に落ちないでいてくれたらいいな、とぼんやりと考えていた。
しかし、その願いは届かずに凛は落とされそうになっていた。
俺は他人の死が確定するその瞬間を見ないよう、俺は目を閉じて最期の時を待った。
電車の音が近づく中、俺はある声が聞こえた。
「どうせ死ぬなら!!道連れだぁあああ!!!!」