13話 ダン番
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転生して初めて、生まれた街――といっていいかはわからないが――を出た。
ドンナスが連れてきたオススメの馬車でダンジョンへと向かう。運転手、じゃなかった、馭者が知合いなんだと。依頼で目的地へ運ぶタクシーのような仕事をしていて、主に冒険者を運ぶことが多く、腕っ節も強いという。
「この馬車はワシがこさえたんぞい!」
「おかげさんで稼がせてもらってるよ。ドンナスのは高かったけどよその馬車よりも頑丈だ」
へえ、あの店だと家具の方が目立っていたけど、ドンナスは馬車もやっていたのか。
車輪好きならば当然なんだろうけどさ。
「ワシ自慢の回転軸受けがいい仕事をしておるのだぞい」
回転軸受けってまさかベアリングまであんのか。異世界出身者の知識だろうなあ。
酷く揺れると覚悟していた馬車がそれほどでもないのは、もしかしたらサスペンションも仕込まれているのかもしれない。
「やるな、ドンナス」
「ふん、車輪バカをなめるなよ」
「ホイールマイスターだね」
「ほう、車輪達人技師とな。素晴らしすぎるぞい。今度からワシそう名乗るとするかのう」
コルノの褒め言葉にドンナスは目を細めて笑みを浮かべた。
そのうち「ワシが車輪ぞい」とか言い出したりしそうだ。
◇ ◇
「ここがじゅくじゅくの瘡蓋? お姫様が入ってるのがわかっているならたくさん冒険者を送り出して探せばいいのに」
「アリシア殿下は冒険者にもファンが多い。言いくるめられて一緒に奥深く行ってしまうことも考えられます」
「なんて面倒な」
どんだけのカリスマなんだか。
あれ、そういやステータスウィンドウには魅力値が表示されていない。これは数値化できないってことなんだろうか。
残念だ、今の俺の格好良さはかなりの値をたたき出したであろうにさ!
「さらに面倒なことにこのダンジョンはトロールの多いダンジョンぞい」
「トロール?」
「大きな妖精で全身毛むくじゃらぞい。知能はあるがそんなに高くはなく、会話はできるが凶暴でまず話にならん。やつらは人類種を喰らうからのう。力は強くそして再生能力がやたらに強力でやっかいぞい」
カバではないのか。でも、でかくて毛むくじゃらったらあの映画の隣の妖怪を思い出すな。まあ、悪いモンスターみたいだから違うのは確実だが。
「なにより醜い。だからこのダンジョンは挑戦者が少ないのですよ。それもあってアリシア殿下は調査が進んでないダンジョンのここを対象にしたのでしょう」
「そんな危険なやつがいるなら小人がいるとも思えないんだけど。喰われちゃってるんじゃない? あ、でも小人は人類種じゃないから喰われない?」
「人類種ってなに?」
コルノの素朴な疑問に咄嗟に答えられない。
いや、知ってるよ。でもさ、俺がそんなこと知ってるのも不自然なんじゃないかなって。
本当だから! 言いわけじゃないからね。
「人間とドワーフ、エルフ、獣人やそれに近い種族をまとめてそう呼ぶんだぞい」
「多くの教会の定義では人間と子を生すことができ、その子が人間であることもある種族ですね。ですからゴブリンやオークは人類種ではないんです」
あれ、そんな分類だったのね。人類に敵対的とかそういうのじゃないんだ。
その定義でいくと確実に俺たちは人類種ではないな。
人間種基準って教会の人間贔屓もスゴイねえ。
「まずはダンジョン番所で話を聞きましょう」
多くのダンジョン付近には国によってダンジョン番所が設置され番人が詰めている。出入り口を監視してモンスターがダンジョンから出るのを防ぐとともに、誰が入ったか、もチェックしているという。
番所のそばには馬小屋も設置されており馬車の馬もそこで餌と水を補給できるようになっているらしい。ただし有料。
「アリシア殿下の愛馬はいないようですね」
「そんなわかりやすい馬なの?」
軽く馬小屋を覗いただけなのにわかるってどんなに目立つ馬なんだろう。黒くて巨大とかなんだろうか。
「いえ、ヒッポグリフなんですよ、アリシア殿下のは」
「ふん、飛ぶ馬なんぞ邪道ぞい。馬車が作れん! 車輪が役に立たんではないか!」
どんな嫌い方だよ。
まあ、飛行生物に馬車を牽かせても馬車自体に飛行か浮遊する能力がないと、飛行生物の後ろではなく下にぶら下がることになって使い物にならないよなあ。
「ヒッポグリフって飛ぶの?」
「ええ。グリフォンと馬の交雑種ですから」
「グリフォンって馬を襲うのに!?」
コルノがびっくりした表情をしている。その顔も可愛い。
そういえばコルノの出身であるグレートマキアシリーズにグリフォンは出てきたけどヒッポグリフは出てこなかったっけ。ヒッポカンポスってのは出てきたけど。
◇ ◇
ダン番で情報収集、番人である兵士に話を聞いたところ、アリシアがダンジョンに突入したことを確認する。
兵士たちは止めはしたがアリシアは聞かず、仕方なく通すしかなかったと言いわけされた。
俺とコルノを見て驚いている兵士が多い。番所にも街の噂は届いているけど小人がいるなんて信じていなかったのかね。
そしてアリシアを説得して連れ帰ってきてくれと懇願されてしまった。
なお、アリシア愛馬のヒッポグリフは食事のために出かけているとのこと。頭は鷲なので馬用の餌では満足しないようだ。消化器官も肉食仕様なのかな。
アリシアいわく「勝手に食事して戻ってくるから気にしないでいい」とのこと。鳥頭のくせに賢い獣である。
「ということはやっぱりお姫様は一人でダンジョンに入ったってこと?」
「番所の兵士たちも同行しようとしましたが、あまり瘴気を吸い過ぎないようにと断られたようです。本当のところは足手まといはいらなかったのでしょう」
え? 鑑たとこけっこうダン番の兵士のレベル高いんだけど。こいつらよりアリシアって強いのか。上位種族パネェ。
ダン番兵士たちは瘴気の吹き出るダンジョンのそばに常勤しなければいけないため、瘴気の許容量が計算されていて定期的に交代している。
瘴気が放射線みたいな扱いなのはきっと異世界出身の人間が決めたんだろうな。
「第1層の地図も受け取ったし、さっさと行くぞい」
「第1層だけ? そんなちっちゃいダンジョンなの?」
「いえ、このダンジョンは第2層がフィールドダンジョンとなっていてあまりにも大きく、調査があまり進んでいないのです」
フィールドダンジョン!
地下や洞窟内でも空があって日も昇り、気候も設定できるという、噂の不思議空間か。
俺のダンジョンにも導入したいけど、高いんだよなあ。
「トロールは大きな音が嫌いぞい」
「出てこなくなるの?」
「いえ、逆に怒って襲ってきます。発見されやすくなるだけですので静かにいきましょう」
「お姫様に呼びかけるのは駄目なのかぁ」
さらに捜索が難しくなる。戦うことにも慣れなければとは思うが、いきなりトロールなんてハードル高いのでできれば避けたい。
ダンジョン番所から少し離れたダンジョンの入り口は穴の開いた小高い丘というか、発掘中の古墳みたいな外見だった。入り口が木枠で四角く補強されている。
その横に数名の兵士が立っていた。冒険者の出入りやモンスターが出てこないよう監視しているらしい。
「補強してあるけど、封鎖したり門つけたりしないの?」
「大物が出てこられないように小さくするぐらいはいいのですが、完全に塞いでしまうと、ダンジョンは別の場所に出入り口を作るんですよ」
「近くならばいいが、離れたり見つけにくい場所に新たに作られるとやっかいぞい。だから塞ぐのは悪手なんぞい」
「聖女や最上位クラスの司祭ならば封印することもできるそうですよ。代償が大きいのでまず行われませんが」
封印か。そんなのもあるのね。行われないというのは有り難いな。教会ってダンマスのダンジョンの方も封印しそう。商売敵だからね。
入り口を入ってすぐの下り坂を進んでいく。
さあて、鬼が出るか蛇が出るか。
いや、コルノは蛇属性っぽいからちょっとマズイかな。トロルが出るか邪が出るか、だ。
Tips
ダークエルフやオーガなどの魔族の一部も人間種扱いになっています。




