03 ようこそ異世界ユーメルツへ!(1)
「あー、疲れた」
閉店時間を迎え客がいなくなった店内は、嵐が去った静けさの中で有線放送のBGMだけが心地よく鳴り響いていた。
俺はカウンター内の後片付けをちゃっちゃと済まし、
「一ノ瀬君、もう上がっていいよ」
「はい、お疲れさまでしたー」
一緒に作業していた社員さんに別れを告げると、店の裏側へ戻り一目散にトイレへと駆け込んだ。
中に入ると後ろ手でカギを掛け、一つ深呼吸する。
――さっき受け取った手紙、何だろうな。ひょっとして……ラブレターだったり? いや、父親がいる隣でそんな訳ないか。
はやる気持ちを抑え便座に腰掛けた俺は、ズボンのポケットから封筒をおもむろに取り出す。
表裏を調べるが特に何も記されてはいない。
とりあえず開けてみるか。
留めてあるシールを剥がし封を切る。中を覗いてみると、一枚の便箋が入っていた。
つまむように取り出し、折り畳まれていた便箋を広げる。
「……なんじゃこりゃ?」
記載されている内容を見て、俺は思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
便箋の中央部分には、奇妙な記号で刻まれた五芒星の紋様が描かれているだけだった。
「何だ、ただのイタズラかよ」
がっくりとうなだれ、ため息を漏らす。その時、手紙に記された五芒星が突如輝き始めた。
目映い光は瞬く間に俺の全身を包み込み、
「うおっ、まぶし!」
俺はたまらず目を瞑る。
濁流に飲み込まれたような感覚が全身を駆けめぐり、強烈な目まいに襲われた。
しばらくすると妙な感覚は収まり、ゆっくり瞼を開けた俺は周りをキョロキョロする。
別に爆発した訳でも何でもない、よく見慣れたトイレの内装だ。
「何だったんだよ今のは。ビックリ箱的なアレか?」
便箋を封筒に戻し立ち上がった俺は、トイレのドアを無造作に開ける。
……その瞬間、生温い風が全身を吹き抜けた。
「うわっ」
思わず両腕で顔を覆う。
腕の隙間からのぞくと、目の前の光景に一瞬戸惑った。
銀色が眩しい流し台にキッチンテーブル。そこに並ぶのは均等に積み上げられた寿司皿の列。
しかし、見慣れているようでいつもと少し異なる厨房に疑問符が浮かぶ。
「あれ、いつのまに模様替えしたんだ?」
自分の置かれた状況をいまいち飲み込めず眉をひそめた。
「いらっしゃいませー!」
とそこに、不意に聞こえた女性の呼び掛け。この声、どっかで耳にした事があるような……。
「また会いましたね、ふふふ」
声の先へと視線を向けると、フード付きの黒いローブを纏った二人組が俺を見つめていた。
「あれっ、確か今日客で来てた――」
「うまく転移出来たようだな、ユナ」
「はい、お父様!」
「……転移? というか、あんた達いったい何者なんだ?」
「あ、自己紹介遅れました!」
テンション高めの声で応えた子が、フードをおもむろに脱いだ。
俺と変わらない年頃だろうか。首元に掛かる藍色のポニーテール、童顔に宿る赤い瞳、微笑む口元からは鋭い八重歯をのぞかせていた。
「あたしはユナと言います! こちらの方はあたしのお父様であり、このお店の社長でもありますー」
「うむ」
フードを目深に被っているごつい身体の男性。素顔は闇に包まれ確認出来ず、鋭い眼光だけがこちらへ向いている。
「この店って……うずまさじゃないのか? ここは一体どこなんだ!」
「ここは回転寿司チェーン店ウツロ第三号店です!」
「ウツロ? ……聞いたことがないな」
色んな回転寿司屋を食べ歩きした事はあるが、そんな店名は初耳だ。
「うむ、この店は君の世界の店舗を参考に建造させてもらった」
俺が今いる場所は別の回転寿司屋なのか? でも……。
「俺の世界ってどういう事だ? ここは日本じゃないのか? 俺はさっきまでうずまさにいたはず――」
「まあ驚くのも無理はない。ここは各異界と異界の狭間に存在する境界世界ユーメルツ。それぞれの世界を繋ぐ役割を担っている場所だ。君たちの世界でいうドライブイン的な立ち位置、といった所か」
――何を言ってるんだこの人。その話を信じるのであればつまり、ここは日本でも地球でもないってことか? にわかに信じられないが。
「君に渡した転移の封書が、君をここのトイレへ導くよう仕掛けを施していたのだ」
「何でトイレなんだよ! ……っていうか封書ってのはこれの事か?」
俺は手に握る封筒に目を向ける。
「その通りですー」
「君の握りは非の打ち所がなかった。歳の割に相当な腕の持ち主だが、どこで技術を学んだのかね?」
「実家が寿司屋でね、小さい頃から親の手伝いをしてたんだよ。回転寿司でバイトしてるのも、修行の一環で――」
「なるほど、やはり十分過ぎる逸材だ。でかしたユナ」
「いえーそれほどでもですー!」
社長の言葉にユナはポニーテールを揺らしながら喜んでいる。
「勝手に盛り上がっているとこ悪いが、結局俺に何の用なんだ? 仕事終わりでお腹ペコペコなんですけど」
俺がお腹をさすっていると、ユナがポンと手を叩き、
「とりあえず控え室に移動しましょうかー。そこでゆっくりお話しましょう」
「うむ、そうするか」
「こちらへどうぞー」
二人はついてこいと言わんばかりに厨房脇の通路を歩いていく。ここにいても埒があかないので、しようがなく俺もその後に続いた。