表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

03 ようこそ異世界ユーメルツへ!(1)

「あー、疲れた」


 閉店時間を迎え客がいなくなった店内は、嵐が去った静けさの中で有線放送のBGMだけが心地よく鳴り響いていた。

 俺はカウンター内の後片付けをちゃっちゃと済まし、


「一ノ瀬君、もう上がっていいよ」

「はい、お疲れさまでしたー」


 一緒に作業していた社員さんに別れを告げると、店の裏側へ戻り一目散にトイレへと駆け込んだ。

 中に入ると後ろ手でカギを掛け、一つ深呼吸する。


 ――さっき受け取った手紙、何だろうな。ひょっとして……ラブレターだったり? いや、父親がいる隣でそんな訳ないか。


 はやる気持ちを抑え便座に腰掛けた俺は、ズボンのポケットから封筒をおもむろに取り出す。

 表裏を調べるが特に何も記されてはいない。

とりあえず開けてみるか。


 留めてあるシールを剥がし封を切る。中を覗いてみると、一枚の便箋が入っていた。

 つまむように取り出し、折り畳まれていた便箋を広げる。


「……なんじゃこりゃ?」


 記載されている内容を見て、俺は思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

 便箋の中央部分には、奇妙な記号で刻まれた五芒星の紋様が描かれているだけだった。


「何だ、ただのイタズラかよ」


 がっくりとうなだれ、ため息を漏らす。その時、手紙に記された五芒星が突如輝き始めた。

 目映い光は瞬く間に俺の全身を包み込み、


「うおっ、まぶし!」


 俺はたまらず目を瞑る。

 濁流に飲み込まれたような感覚が全身を駆けめぐり、強烈な目まいに襲われた。

 しばらくすると妙な感覚は収まり、ゆっくり瞼を開けた俺は周りをキョロキョロする。

 別に爆発した訳でも何でもない、よく見慣れたトイレの内装だ。


「何だったんだよ今のは。ビックリ箱的なアレか?」


 便箋を封筒に戻し立ち上がった俺は、トイレのドアを無造作に開ける。

 ……その瞬間、生温い風が全身を吹き抜けた。


「うわっ」


 思わず両腕で顔を覆う。

 腕の隙間からのぞくと、目の前の光景に一瞬戸惑った。

 銀色が眩しい流し台にキッチンテーブル。そこに並ぶのは均等に積み上げられた寿司皿の列。

 しかし、見慣れているようでいつもと少し異なる厨房に疑問符が浮かぶ。


「あれ、いつのまに模様替えしたんだ?」


 自分の置かれた状況をいまいち飲み込めず眉をひそめた。


「いらっしゃいませー!」


 とそこに、不意に聞こえた女性の呼び掛け。この声、どっかで耳にした事があるような……。


「また会いましたね、ふふふ」


 声の先へと視線を向けると、フード付きの黒いローブを纏った二人組が俺を見つめていた。


「あれっ、確か今日客で来てた――」

「うまく転移出来たようだな、ユナ」

「はい、お父様!」

「……転移? というか、あんた達いったい何者なんだ?」

「あ、自己紹介遅れました!」


 テンション高めの声で応えた子が、フードをおもむろに脱いだ。

 俺と変わらない年頃だろうか。首元に掛かる藍色のポニーテール、童顔に宿る赤い瞳、微笑む口元からは鋭い八重歯をのぞかせていた。


「あたしはユナと言います! こちらの方はあたしのお父様であり、このお店の社長でもありますー」

「うむ」


 フードを目深に被っているごつい身体の男性。素顔は闇に包まれ確認出来ず、鋭い眼光だけがこちらへ向いている。


「この店って……うずまさじゃないのか? ここは一体どこなんだ!」

「ここは回転寿司チェーン店ウツロ第三号店です!」

「ウツロ? ……聞いたことがないな」


 色んな回転寿司屋を食べ歩きした事はあるが、そんな店名は初耳だ。


「うむ、この店は君の世界の店舗を参考に建造させてもらった」


 俺が今いる場所は別の回転寿司屋なのか? でも……。


「俺の世界ってどういう事だ? ここは日本じゃないのか? 俺はさっきまでうずまさにいたはず――」

「まあ驚くのも無理はない。ここは各異界と異界の狭間に存在する境界世界ユーメルツ。それぞれの世界を繋ぐ役割を担っている場所だ。君たちの世界でいうドライブイン的な立ち位置、といった所か」


 ――何を言ってるんだこの人。その話を信じるのであればつまり、ここは日本でも地球でもないってことか? にわかに信じられないが。


「君に渡した転移の封書が、君をここのトイレへ導くよう仕掛けを施していたのだ」

「何でトイレなんだよ! ……っていうか封書ってのはこれの事か?」


 俺は手に握る封筒に目を向ける。


「その通りですー」

「君の握りは非の打ち所がなかった。歳の割に相当な腕の持ち主だが、どこで技術を学んだのかね?」

「実家が寿司屋でね、小さい頃から親の手伝いをしてたんだよ。回転寿司でバイトしてるのも、修行の一環で――」

「なるほど、やはり十分過ぎる逸材だ。でかしたユナ」

「いえーそれほどでもですー!」


 社長の言葉にユナはポニーテールを揺らしながら喜んでいる。


「勝手に盛り上がっているとこ悪いが、結局俺に何の用なんだ? 仕事終わりでお腹ペコペコなんですけど」


 俺がお腹をさすっていると、ユナがポンと手を叩き、


「とりあえず控え室に移動しましょうかー。そこでゆっくりお話しましょう」

「うむ、そうするか」

「こちらへどうぞー」


 二人はついてこいと言わんばかりに厨房脇の通路を歩いていく。ここにいても埒があかないので、しようがなく俺もその後に続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ