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02 出会いは突然に

 その日の夕方。

 世間では学生が夏休みということもあり、店内は多くの家族客で賑わっていた。

 見渡す限り、テーブル席は満員御礼状態でカウンター席もほぼ埋まっている。

 俺はつけ場内でせっせと寿司を握りながらもこの忙しさを楽しんでいた。

 そしてまた、新たな客を迎えるようにピンポーンと玄関からチャイムが鳴り響く。


「いらっしゃいませ――ん?」


 その時、玄関横の待合席がざわついているのに気付き、視線を向ける。

 入り口にはフード付きの黒いローブで全身をすっぽり覆った二人組がおり、店内をきょろきょろと見回していた。

 がたいのよさそうな人物とそれよりも一回り小さい人物の組み合わせ。

 ごく一般的なファミリー層で埋まっている待合席の中において、その二人はあまりにも異質な雰囲気を漂わせていた。

 

 ――何だろう、すげー暑苦しい格好をした客だな。


「ママー、あのひとたちまっくろ」

「しっ! 見ちゃいけません」


 好奇心で指を差した幼児を母親が制止する。

 周囲にいるお客さんがあからさまに警戒している中、すぐさまホールスタッフが駆けつけ、


「いらっしゃいませー、お二人様ですか?」

「……うむ」

「はい!」

「カウンター席ならすぐにご案内できますが?」

「……一つ頼もう」

「お願いします!」


 怪しい二人組は丁度空いていた俺の目の前の席へと案内された。


「しかし、この格好暑いですねーお父様」

「我慢するのだユナ。ローブを脱いだら怪しまれる可能性があるからな」


 ――いや、真夏に分厚いローブを着てる時点で十分怪しいけどな!


 二人は着席するなり、テーブルに置かれたメニューをまじまじと見つめる。


「ふーむ、種類がいっぱいあるのう」

「どれを頼むか迷いますねー」


 フードに隠れて顏がよく見えないが、無邪気で甲高い声と低音で渋みのある声。会話の内容からして、父親とその娘といったところだろうか。

 父親らしき人が俺に顔を向け、


「よし、とりあえず――マグロを二つ貰えるか?」

「はい、マグロ二丁!」


 俺は慣れた手付きでマグロを二皿分握り、すっと差し出した。

 皿を受け取った親父らしき人はマグロの握りをそっと指でつまみ、舐め回すように上から下から眺める。

 ひょっとして外国人なのか? 多分寿司を食べるのは初めてなんだろう。口に合うだろうか。

 気にしながら様子を伺っていると、娘らしき子が寿司を醤油にスッと漬けて口に運んだ。


「ユナ、どうだ?」

「もぐもぐ――まふろとひゃりのふぁらんすが――」

「飲み込んでから喋れ!」

「ゴクンッ! ……マグロとシャリのバランスがとてもいいですお父様! シャリは口の中でパラリとほどけ、マグロとお口の中でハーモニーを奏でています! 合格です!」

「……そうか」


 続いて父親とおぼしき人物も寿司を口の中に放り込んだ。


「モグ……なるほど。舌の上に広がるマグロの風味と鼻を抜けていくワサビの香り――ブツブツ」


 何か呟いている。あれか、お忍びで来たグルメ評論家か? ひょっとしてグルメ雑誌に星いくつとか評価されちゃったりするのか。


「念のために確認だが、これは確かに君が握ったものだな?」

「ええ、そうですけど。……あれ、何か変なトコありました?」

「いや、その若さでこれだけの寿司を握れるのかと驚いてな」

「いやーまあ、それほどでも」

「やっぱりすごいですね! お父様決めちゃいましょう!」

「……そうだな。問題あるまい」


 ――ん? 決める?


「あのー、すいません」

 背の小さい娘の方が俺に微笑み、話し掛けてきた。


「何でしょう?」

「あの、その――」


 指先を遊ばせ、モジモジとした仕草を取りながら、


「これ、受け取ってください!」

 カウンター越しに白い封筒を差し出してきた。


「一人の時に見てください! 絶対ですよ? お願いします!」

「え? はぁ……」


 何事か分からないが、封筒を受け取った俺は他の店員にばれないようズボンの後ろポケットに素早く突っ込んだ。


「一ノ瀬君、注文お願いー」


 背後から届いたホールスタッフの声に一瞬ビクッとした俺は、平静を装いながら振り向き注文票を受け取った。

 次々と入る注文と目まぐるしい忙しさの中で仕事をこなしているうちに、次第と二人組の事は頭の片隅から消えていった。


 ――それから一時間後。


 そういえばと気付いたとき、二人組はいつの間にか席から姿を消していた。

 どうやら既に帰ったっぽい。

 一体あの二人組は何だったんだ?

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