26 取材を受けよう!(3)
ということで撮影当日。
今日は夕方上がりである俺は、まもなく仕事終わりだという開放感とともにカウンターの中でその時を待ちわびていた。
「はーい、撮影始まるぞー」
と、そこに店長が暖簾をくぐってキッチンからホールに現れた。その後ろを続くように、カメラや音声用マイクなどを携えた撮影スタッフがぞろぞろと歩いてくる。
「こんにちはー! 今日はよろしくお願いします!」
おおっ。
ひときわ異彩なオーラを放ちながら姿を見せたのは地元放送局の新人アナウンサー、シャルロット――通称シャルさんというエルフ族の女性だった。
少し幼さの残るナチュラルメイクな顔にすらっと伸びている両耳、胸元に垂らしているストレートヘア、ボディラインが浮き出てしまいそうな程ぴっちりした白のドレスを着こなしている姿は、ちょっと背伸びしてみたお姉さん的な印象を与えている。テレビに出演しているだけあって、とても綺麗だ。
「どうもー、プロデューサーのゴンガです。ウツロ寿司の皆さん、今日はひとつお願いしますよ!」
短髪でヒゲを蓄えた中年太りな体型であるゴンガプロデューサーのあいさつ。着ている衣服ががピッチピチなこの人が撮影を仕切るのか。
「じゃあ早速始めようか」
ゴンガPの言葉を皮切りにスタッフの人たちが玄関脇にある生け簀の前を陣取った。
はにかみながら、今回の主役であるシャルさんが胸元に手を添え、
「リ、リポートの仕事は初めてだから、ちょっとドキドキしますね」
緊張している様子のシャルさん。初々しさが残る姿にちょっとキュンとくる。あとでサイン貰えるだろうか。
「じゃあ本番入りまーす。3……2……1……」
「はい、『明日逝くならこのお店』のコーナーで~す! 今日はお寿司という独特の料理で人気を博している回転寿司ウツロさんにお邪魔しております! こちらでは、生け簀で泳いでいる新鮮な魚介類を店内で捌いて提供されているのですが、その中でも一日数量限定な激ウマ料理が――」
仕事モードに切り替わったのか、流暢な喋りでリポートを進めている。さすがプロのアナウンサーといったところか。
俺は撮影隊の後ろにいる迷女優をチラッと見る。
「ふーむ、まあまあやるのう」
腕組みしながらニヤリと笑う店長。
その自信の表れは何だろう。演技力は負けてないよとでも言いたそうだ。
「カット! いいね、シャルちゃん! その調子で行こう!」
撮影は順調に進んでいく。次の場面はテーブル席に座ったシャルさんが試食するシーンか。
いよいよシズハさんの出番だ。
撮影を間近に見るため、俺はカウンターを抜けだしてテーブル前に向かう。
すると、ホールとキッチンの狭間で出番待ちをしているシズハさんを見つけた。
「いよいよ出番ですね」
「……ちょっと緊張してるかも」
胸元で両手をきゅっと握りしめて普段よりも表情を強ばらせている。
「大丈夫、大丈夫ですよシズハさん。いつも通りに、練習通りに接客すればいけますって」
「……そうね、そうだよね。ありがとうユウヤ」
そう言うと、シズハさんは俺の両手をぎゅっと包み込むように握ってきた。
「あー、まあ、頑張って下さい」
深呼吸したあと、シズハさんは頬をぱんぱんと軽く叩いて一人闘魂注入をかます。
どうやら落ち着きを取り戻したみたいだ。
「……練習通り、練習通り……いち、にい、さん、グサッ。いち、にっ、さん、メリッ」
その効果音は何だよ! いったいどんな場面を想像してるんだ、この人は。
そうこうしている内に現場の空気が一変した。次の撮影がスタートするようだ。
「ではいきます。3……2……」
《TAKE 1》
「はい! ということで、ウツロ寿司で大人気の絶品料理を頂きたいと思います!」
シャルさんのセリフを合図に、お椀が載ったおぼんを手にしたシズハさんがカメラにフレームインする。
「……お待たせしました」
シャルさんの前にお椀を置き、一言。
「……死んだ魚のような目をした鯛のあら汁になります」
――は?
俺の時と同じセリフじゃないか! いつも通りやれってそういう意味じゃないんだけど!
「うわー、すっごくおいしそうですね! 先程まで生け簀で泳いでいた鯛が見るも無惨な姿に変わり果ててて、とっても食欲をそそります!」
そそるか!
シャルさんのリポートも負けず劣らずヒドい。
「カットカット!」
メガホンを叩きながらゴンガPが二人の間に割り込んできた。
「ちょっとシャルちゃん、落ち着いてー。もっといい表現があるでしょー。店員さんも口にするのは商品名だけでいいから」
「今のダメでしたか? うーん」
「……仲間内では好評だったんですけど」
いやいや! 俺は褒めた覚えがないよ!
ダメ出しを喰らったご両人は腑に落ちてない様子だ。
「二人とも普通に頼むよー普通にね! じゃあもう一回」
《TAKE 2》
「……お待たせしました。どこにでも売ってる鯛で作ったごく普通のあら汁になります」
「うわー、すっごく普通ですね! さきほどまで普通の生け簀で泳いでいた普通の鯛が普通に調理されてて普通に食欲をそそります! これなら普通のご家庭でも普通に作れますねー!」
「カット! カァットォ――!」
ゴンガPがさっきよりも力強くメガホンを叩きながら、再び二人の間に割り込んだ。
「『普通に』ってそういう事じゃないから! 魚河岸から今朝直送された新鮮な魔鯛を使ったあら汁なんだから、普通以上においしいはずだよ!」
「今のもダメなんですかー。リポートって難しいですね」
「……」
表情に変化は見られないシズハさんだが、一瞬ぴくりと眉をひそめたのを俺は見逃さなかった。不満を抱いているのがそれとなく伝わってくる。
「ちょっとー、二人とも慣れない仕事で緊張してるのかなー? 探り探りでいいから、ちゃんとお願いね! はい、もう一回!」
《TAKE 3》
「お待たせしました。多分……鯛のあら汁です」
「うわー、すっごくおいし――そう? かな? 先程まで生け簀? で泳いでいた鯛? を使ったあら汁? で食欲をそそります?」
「カァァッッッッツゥゥゥゥ!」
ゴンガPもやけくそ気味に二人の元へ駆け寄る。
「探るトコ間違ってるからァ――! 『食欲をそそります?』って誰に訊いてんのォ――!」
「もー、そこまで言うならプロデューサーがお手本見せてくださいよ」
(……そうだそうだ。この●●●野郎)
シャルさんへの合いの手でさりげなくぼそっと罵倒しているシズハさん。
何かとんでもないことをさらっと口にした気もするが聞かなかった事にしよう。
「これならユウヤの方がグルメリポート上手いかものう」
突如、のんきに撮影風景を眺めていた店長からの余計な一言。
「ほほう、一旦場の空気を変えようか。ちょっと君と君、試しにやってみてくれないか?」
ゴンガPが野次馬と化していた俺とユナに何故かメガホンを向けてきた。
「ちょっ、俺?」
「えっと、わたしですか? でも……」
「いいから、いいから! 一度やってみようか!」
白羽の矢が立ってしまった俺とユナ。
俺がリポーター役で、ユナが配給役をすることになってしまった。
「はーいいきまーす! 3……2……」
「お待たせしました。こちらが当店自慢の鯛のあら汁ですー」
満面の笑みでお椀を運んできたユナ。さすが、接客慣れしてるな。
「おおー、湯気から漂ってくる磯の香りがさざ波のように鼻の中を掛け巡っていきます。そして、ご覧ください! 器からはみ出てしまうほどの鯛! 今にもお椀という大海原を駆け巡らんとしそうなほどの迫力です!」
口から出任せで何かそれっぽいことを言ってみる。
「はいカーット! そうそう、そんな感じでいいんだよ! まるで夫婦漫才のように息ぴったり!」
「やだー、夫婦だなんてー!」
キャッキャウフフな笑みを浮かべながら、ユナが俺の肩をバンッ! と叩いた。
熱々のあら汁だけにフーフーってことかね。
……場の空気を察して今の考えは胸の中に封印しとこう。
そんな現場が盛り上がってる中、俺はそっとシズハさんをチラ見する。
――なんか禍々しい殺気を感じるんですけど! 俺、やらかしちゃったか? へたに無難な演技しちゃったからか?
「じゃあ本番に戻ろうか!」
ゴンガPの言葉で各々が配置についていくそんな中、
――スッ。
すれ違いざまにゴンガPの胸ポッケからペンを抜き取ったシズハさんを俺は見逃さなかった。なんて早業だ。
さらに、さりげない仕草でペンを床へ転がす。誰も気づいていないようだ。
「……落ちてますよ」
「おっ、いつのまに」
ゴンガPがボールペンを取ろうとしゃがんだその時。
――ビリリリリッ!
お尻の中心から開店ガラガラといった感じで真っ二つに裂けたゴンガPのズボン。
隙間からイチゴ柄のパンツがコンニチワしてた。
うわっ、この絵面はひどい。
「ん? どうしたみんな?」
「…………」
当事者以外の全員があ然としたまま固まっている。なんて状況だ。
このタイミングで何故かシズハさんが水晶玉を取りだした。
「……もしもし、ユーメルツ警察ですか? 下着を露出している変質者が――」
「え? ……ああっ! ちょっと待って店員さん、これは事故だって、事故!」
「……時効がどうこう言ってます。逃げ切るつもりみたいです」
「ちょっ! 違うから! ストーーップ!」
やっぱり恐ろしいよこの人! さっき一瞬気を許してしまった俺は何だったんだ!
ざわざわしている現場の中、
「お先に失礼しまーす」
事の顛末は気になるが、断腸の思いで俺はこの場を後にした。
経験上、下手な巻き添えを喰うのは得策じゃない。戦略的撤退だ。
果たして撮影は無事成功するのかな?
背後からは、悲鳴のような嗚咽のようないろんな感情がこもった叫び声がしばらく聞こえていた。
いつになるか分からないけど放送日が楽しみだ。……色んな意味で。
そして、テレビ放送の日。
早起きした俺は寮の共有スペースにあるテレビの前に鎮座し、朝のローカル番組『ユーメルツのグルメ紀行』が始まるのを待ちわびていた。
――あの後、結局どうなったんだろうな。
そんな事を考えていると、
『はい、今夜逝くならこのお店のコーナーで~す!』
ウツロ寿司でリポートするシャルさんの姿がテレビに映る。いよいよだ。
VTRには店内で見ていたリポート風景が次々映し出され、問題の場面へとついに移る。
『……お待たせしました。《ピー》な鯛のあら汁になります』
『うわー、すっごく《ピー》ですね! 先程まで《ピー》で泳いでいた《ピー》を使ったあら汁との事です! とっても《ピー》を《ピー》しますね!』
ピーピーピーピーうるさいな! 雛鳥の鳴き声かっつーの!
放送禁止用語でも喋ってるのかと言わんばかりのピー音。
もはや意味不明だろ。あのあと現場で何を口にしてたんだ……こんな事になるならお蔵入りでもよかっただろうに。
放送を見終わった俺は、昼出勤のためいつもの道を歩いて店へ向かった。が、そこには見慣れない光景があった。
……あれ? 玄関前に人だかりが出来ている。まだ昼前だから普段そこまで混雑しないはずなのに。
疑問を抱きながら、
「おはようございまーす」
意気揚々とお店に入ると店長が額に汗滲ませながら魚を捌いていた。
「おっ、ユウヤか。開店直後だと言うのに客が押し寄せて忙しくてのうー。早く出てくれんか」
「はぁ」
まさかあの宣伝が功を奏し、今日の客入りがオープン依頼の最高売り上げを叩き出すとはこの時夢にも思わなかった訳で……。