23 ライバル店のお嬢様
お昼のピークも過ぎ去り、客が居なくなった店内。
他の人が休憩に入りカウンター内に一人残された俺は、冷蔵ケースに入っている寿司ネタを順にチェックしていた。
「狂肌マグロに魔ダコ、それから死魔アジに――」
怪しいネーミングにふさわしく外見は中々グロテスクなのだが、切り身にしてしまえば俺が知ってる一般的な魚介と変わらず、ぱっと見はうまそうに感じる。
何か新しいメニューのヒントがないか物色してる時、キッチンからユナがカウンターに入ってきた。その両手には肩幅はあるボウルを抱えている。
「ユウヤさーん、元気ですかー?」
「ダァー……って、いやいや。ところで何が入ってんだそれ?」
「これはですねー、特死魔海で採れたぷりぷりの亜魔エビですよー」
――またまた怪しいネタが新規加入した。
俺はボウルの中を覗いてみる。夏場のリゾートプールで寿司詰め状態になっているかのような大量のエビでぎっしりだ。
その目つきは鋭く、痛々しいトゲが頭部から複数突き出ている。気を付けないと指にグサッと刺さりそうだ。
ユナはカウンター内に備え付けのシンクへボウルを置き、
「休憩に入るまでの時間、エビの殻剥きをお願いしますー」
「いいけど、このエビって普通に剥いていいのか? 頭捻った瞬間、爆発しないよな?」
これまでの経緯を鑑みて、俺は警戒心を見せる。
「いやだなぁ、爆発なんてする訳ないじゃないですかー。それじゃお手本見せますね!」
ユナは威勢良く両腕の袖を捲り、舌をペロンと出すと、
「いち、にい、さん、とぁー!」
大げさな素振りで一匹のエビを掴んだ。そして頭部を捻ってちぎろうとした時――。
エビの頭頂部にある一本のトゲが黒く変色し勢いよく伸びる。
――グサッ。
「……へっ? きゃああ!」
悲鳴を上げたユナの人差し指にはエビのトゲが思いっきり食い込んでいた。
「おい、大丈夫か!」
俺はすぐさまユナの手の甲を掴み、反対の手でエビを引っこ抜いた。指の傷口は深く、血がポタポタと滴り落ちてくる。
「ふえーん。亜魔エビのトゲには『これは反則でしょーが!』って程度の軽い毒素が含まれているんですー。はっ早く吸い出してくださーい!」
やっぱ訳ありなネタじゃねーか!
「吸い出すって――口でか? いやいやそうしたら俺にも感染しちゃうだろうが!」
「ユウヤさんなら大丈夫ですー! 早く早くー!」
大丈夫って何の根拠で言ってるんだ! しかしこのままでは……。
「ええいままよ!」
俺はユナの手首を握り、人差し指を口に持っていくと、
ちゅううううううう。
思いっきり吸い込んだ。
――うぇっ、錆びた鉄の味がする。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
頬を赤く染め、恍惚な表情を浮かべているユナ。労働終わりの一番風呂に浸かった時のようなリアクションをしてるな。
――ふむ、こんなもんかな。
出血が止まったか確認するため、傷口付近を舌先でペロペロ舐める。
「ひゃん!」
――うん、大丈夫そうだな。
俺はユナの指を口から取り出し、ペッとシンクへ血を吐き出した。
「はぁはぁ……あれ? もう終わりですか?」
息荒く、名残惜しそうに俺を見つめるユナ。
「いや、何を期待してたんだよ……」
俺は水で念入りにうがいをする。舌が少しヒリヒリする気もするが、ユナの言った通り身体に異常は無いみたいだ。
「つーか、何で俺なら大丈夫だとか思ったんだ?」
「前にワサビを作ってた時、毒性のガスを吸い込んでもピンピンしてたんので、ひょっとしたら耐性があるのかなーと思いまして」
「やっぱりアレ、まじでヤバいガスだったのかよ!」
ユナは指の傷口を水で洗い流しながら、
「い、今の殻向きは悪い見本です。真似しちゃだめですよー!」
「ああ、お前が体を張ってくれたおかげで助かったよ」
「いやーそれほどでもー」
――褒めてはないんだが……まあいいや。
「裏に戻ってちゃんと手当てしとけよ」
「はい! 控え室に常備してる解毒剤を飲んできますねー」
「そんな物があるなら俺にもくれよ!」
ユナが去って再び一人となった俺は、完全防備で守備力マックス状態にある赤い突撃兵の一つを手に取る。
えびせんの袋菓子のパッケージに描かれている『つ』の形ではなく、背筋はピンと伸びている。
「さて、やるか」
注意しながら頭部を捻ってちぎり、胴体部分の殻を脱がし、背中のわたを抜く。
この3ステップをメトロノームのように一定のリズムでこなしていく。
目標に向けて、
ちぎる。脱がす。抜く。
ちぎる。脱がす。抜く。
地味な作業をちまちまやっていると、正面玄関に人影が見えた。
こんな時間にやってくるとは、遅めの昼食か?
「いらっしゃいませー」
店内に入ってきた客は、同年代と思われる若い女性だった。肩を露出し身体のラインを強調するような高級感溢れる純白のドレスを纏っている。
ウェーブ掛かった金髪を背に流し、頬に垂れる巻き髪を指先で遊ばせながら周囲をキョロキョロする。
俺がじーっと眺めていると、次の瞬間目が合った。
「あーら、あなたはこの間の――」
そう言って、ひらひらのスカートを踊らせながらこっちに近付いてきた。
この人は……ミナゴロ寿司のアリンか?
仕事中の地味だった格好と違い、エラく派手だな。
「アリンさんだっけ? ひょっとして、この前のお返しに偵察へ来たのか?」
「いーえ、そんな姑息なことしませんわ。今日は純粋にお客として来ましたの」
まるでこの間の俺らが姑息みたいな言い方だ。まあ、ユナが怪しい変装してたから仕方ないけどな。
「と、ところで……ユナさんはいらっしゃりませんの?」
「ああ、あいつならちょっと怪我しちゃって裏で治療してるけど」
「ええっ! けっ、怪我の具合は? 容体はどうですの!」
鬼気迫る表情を浮かべ、アリンはカウンターテーブルをバンッと叩いた。
「そんな大げさな。この亜魔エビの角が指に刺さっただけなんだが」
手元のボウルから一匹のエビを取り出し、アリンに見せる。
「そ、そうでしたの」
ほっとしたかのように、アリンは胸を撫でおろす。
「あれ、ひょっとして……ユナのこと心配してるの?」
「えっ……そ、そんなはずないですわ! ワタクシの永遠のライバルがこんな事でくたばるはずないでしょうから!」
「ふーん」
――分かりやすいリアクション。心配してんのか、結構優しい子なんだな。
俺は摘んでいる亜魔エビをプラプラ揺らしながら、
「エビ剥き立てなんで食べてく? 新鮮だぜ」
「そ、そうですわね。せっかくだから頂こうかしら」
アリンは優雅な仕草で俺の前の席に着席する。
俺はちゃちゃっと亜魔エビを握り、アリンに差し出した。
するとアリンは俺が握った寿司をじーっと見つめ、
「シャリの形、全体的な握りのバランス、とても回転寿司とは思えないクオリティですわ。ワタクシとさほど年齢は変わらない様なのに、これだけの技術を修得しているなんて」
「まあ……色々あってね」
そのせいでユナに誘拐されてきたとは口にも出せない。
アリンは握りを口に運び、
「もぐ――身がプリプリしてておいしいですわー」
そんなにおいしいのか、先程と違ってほころんだ顔を見せる。
――プリプリねぇ。
アリンはユナと違い背丈も高く、胸の方もそれに似合ってプリプリした発育ぶりだ。
こう普通に会話してると、とてもライバル店の人とは思えない。同年代だからか、もし境遇が違ってたらいい友人になれたかもしれない。