21 歓迎会(1)
「お店の暖簾下ろしたのじゃー。ユウヤ、寿司の準備よろしくなのじゃ」
「へーい」
客もいなくなり、営業を終了させた店内。
カウンターを切り盛りしていた俺は、店長の指示を受け寿司を握り始める。
今日は仕事終わりに店内で俺の歓迎会を開いてくれるとの話で、そのための料理をせっせとこしらえていた。
「俺の歓迎会なのに自分で料理を用意するって……結構乱暴な話だよな」
愚痴りつつも、桶を握りでどんどん満たしていく。
一桶分の寿司を握り終えたところで店長がキッチンから現れ、
「おーい、ユウヤよ」
俺に寿司ネタ用のトレーを渡し、
「ネタが一貫余ったから、これも握っといて欲しいのじゃ」
「これは――」
真紅の輝きを放ち、繊細なサシに極上の脂で彩られているこのネタ。店のメニューの中でも最高級品の位置付けである苦呂マグロの大トロだ。
「誰が食べるかはみんなでくじ引きして決めるかのう。んじゃ、よろしく」
言って、店長はキッチンに戻って行った。
滅多にお目に掛かれない至高のネタ。この間、余った切れ端を味見させてもらったが、この上なく旨かったな。
その後も俺は握りを続け、三桶分を完成させた。
「よーし、こんなもんだろう」
ホールに目を向け、テキパキと片付けを進めているユナを呼ぼうとしたその時、
「ユウヤ君、ちょっと待って下さい」
寿司桶を差し出そうとしていた俺を、ガトウが突如手で遮ってきた。
「どうした?」
「まだですよ、まだ仕上げが残っています」
そう言うと、ガトウはワサビが詰まった容器に人差し指を深々と突き刺し、根元からすくい上げた。
「ゲームというのはですね、意外性がないと面白くないですから。フフフ」
憎たらしい微笑を浮かべ、ガトウは極上の大トロ握りのネタをひょいっとめくり、シャリにこれでもかとワサビをぐいぐいねじ込む。
――こ、こいつ。
「おい、よりによって大トロの握りに仕込むのかよ!」
「食べる権利を得た人が束の間の優越感を味わった後、地獄を味わう。見ている側は一粒で二度おいしいって訳ですよ」
「ロシアンルーレットならぬスシアンルーレットかよ。お前何考えてんだ」
「まあまあ、余興なんですから楽しもうじゃないですか」
「どうなっても知らねーぞ」
自分が食べるハメになった時の事考えてないのか、こいつは。いや、それも含めて楽しんでいるのか。
もしバレた時、店長やシズハさんだったら殺されかねん。その時は責任を全部ガトウに押し付けよう。
嘆息し、俺はカウンター越しに寿司桶を差し出した。
「ユナー、寿司あがったんでよろしく」
「はーい。うわーおいしそうですねー」
三桶分の寿司を抱え、ユナはテーブルに運んでいった。
「さて、俺は裏に戻るから片付けよろしく」
「はいはい、後は僕にお任せを」
ガトウにカウンターの後始末は任せ、俺は裏方の様子を見に行く。
キッチンに戻ると、シズハさんがフライヤーの前でジュージューと空腹を刺激する音を奏でていた。
手元のお皿には怪鳥コケッコーの唐揚げや魔王イカのゲソ天がどっさり積まれており、香ばしい匂いが辺り一面に漂っている。
「おっ、うまそうじゃないですか。胃液が出すぎてヤバいなー」
「……もうすぐ出来るから」
言いながらシズハさんが俺の左手を掴み、フライヤーへと近付ける。
「ちょっ……何を――!」
「……あ、ユウヤの手だったんだ。てっきりゲソかと」
「あっぶな! いやいや間違えようがないでしょ!」
さりげなく恐い人だ。さすが魔界出身、油風呂の拷問とかやってそうで怖い。