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19 ユウヤ、つけ場に立つ(1)

 日も暮れ始めた時間帯。夕飯時という事もあり、これからお店には多数の客が押し寄せてくるだろう。

 キッチンで魚を捌いていた俺に、ハク店長がとててと駆け寄ってくる。


「ユウヤよ、今日の夜はユウヤにつけ場をお願いするのじゃ」

「握りですか?」

「その通りじゃ。裏方仕事も一通りやったからの。ここらで握りの腕前も見せてもらおうかと思ってじゃな」


 それを聞いて、俺はグッとガッツポーズする。昨日言った通り、ユナが店長に話をつけてくれておいたみたいだ。


「分かりました店長、マグロでも何でも握ってやりますよ!」


 するとハク店長が手のひらで尻をかばい、


「な、何でも!? そ、そなた……わらわのどこを握ろうとしとるんじゃ! 誰かー! 責任者呼んでー!」

「だから責任者はあんただって!」


 俺は逃げるように、キッチンとつけ場の境目となっている寿司レーンをくぐってカウンター内に入った。ぐるっと凹型に一周した寿司レーンの内側が、ホールの約半分を占めるつけ場になっている。


対面式なのでこちらからお客さんは丸見えだ。ついこの間までうずまさ寿司で握っていたが、新しい場所での握りとあって新鮮な感覚だ。

 つけ場では社員のオウガさんと、ガトウが番をしていた。まだ夕方という事もあってか、お客さんの姿は見えない。


「どうも、今日から握りを任されました」

「おー、ユウヤ君は表の仕事初めてだね。地獄へようこそ!」

「やっぱりこっちも地獄なんですか!」


 洗い場に配属された時にも聞いたようなセリフ。何か不安だ。


「裏からネタ補充してくるから、ここちょっと宜しく」


 オウガさんはそう言うと、空になったトレーなどの洗い物を抱えてキッチンに戻っていった。

 こうして、つけ場内は俺とガトウ二人きりになってしまった。

 まだ馴染みがない空間を、天井に備え付きのスピーカーから流れてくるバラード曲がしんみりとした色に染める。


 店の外は俺より先にひと仕事終えようとしている太陽により黄金色に染まっていた。

 この状況に惚けていると、隣でキョロキョロしているガトウと目が合った。そうだ、まだ暇なうちにココでの仕事の要領を確認しておかねば。


「それじゃあガトウ、まずウツロ寿司での具体的な『軍艦』のイロハを教えてくれないか?」

「あ、そうですね」


 快く承諾したガトウは水を得た魚のように饒舌になる。


「そもそも軍艦巻きと言うのはユウヤ君の世界で1941年、当時の――」

「そこからかよ! 具体的と言っても仕事の流れだけでOKだから!」

「えー、せっかくお嬢に習ったんですが」


 ガッカリそうな表情を浮かべるガトウ。シズハさんは寿司の歴史についても色々調査しているのか。勉強熱心だな。


「えーっとですね、ここにあるのが軍艦巻きで使うネタです」


 ガトウが軍艦巻き用のテーブルを指差す。

 テーブル上には上蓋である保冷庫が設置されており、中には軍艦用のネタがぎっしり詰まった銀のミニバットが並んでいた。


「で、こっちにあるのが軍艦用のシャリです」


 ガトウはテーブル脇にあるプラスチック製ボックスのふたを開ける。中には数十貫分のシャリを載せたトレーが四段重ねで入っていた。


「で、あとは――」

「……お持ち帰り用にウニ、イクラを二貫ずつお願いしますー」


 ガトウの喋りをさえぎるかのように、ホールからユナの声が届く。テイクアウト用の注文っぽい

な。


「じゃあユウヤ君、実際に作ってみますか?」

「任せとけ」


 俺が実践する流れになった。望むところだ。

 俺は軍艦用のシャリが載ったトレーをテーブルに置き、その左横にミニ短冊といった形状である軍艦海苔の束を添える。


 次に、右手で取った一貫分のシャリを海苔の中央右部分にくっつけた。そして左手の人差し指と小指を使って海苔の両端をシャリに沿って半周するよう巻き付ける。

 白と黒の楕円形フォルムが美しい、軍艦巻きの土台が出来上がった。


「この上に……」


 縦半分に割られたシソの葉の一片を置き、ネタの入ったトレーからスプーンで一掬いしたウニを重ねる。

「よーし、こんなもんか」


 オレンジ色の高級ネタと新緑を思わせるシソの葉で彩られた『ウニ軍艦』の完成だ。


「へぇー手慣れたものですね。僕の出る幕なしじゃないですか」

「まあ経験者だからな」


 残りの軍艦もテキパキ完成させて、ユナへと渡した。


「他は……同じ要領で、お客さんが来たら軍艦やデザートをレーンに流したりするくらいですね。大量に流す場合は、海苔巻き担当とネタ乗せ担当で分担したほうが効率いいですけど」


 うずまさ寿司と似たようなもんか。よし、軍艦はもう大丈夫だ。これで気兼ねなく握りを出来るな。

 そんな事を思ってた矢先、二人組のお客が入ってきた。

 鋭い目つきに尖った口元の亜人と、ライオンのような立派なたてがみに猫顔な獣人だ。


「龍人族と獅子族の方みたいですね」


 ガトウがぼそっと呟く。


 俺の目の前のカウンター席に通された二人組は、とりあえず生二つを注文し、


「「カンパーイ!」」


 陽気な声を上げ、生ビールをぐびぐび飲み干す。

 和気あいあいと会話をしている二人に、


「何か注文ありましたらおっしゃって下さいね」

「おー、見ない顔だな。新入りかい?」

「ええ、まあ」


 どうやら常連客みたいだ。


「実はな、俺たちはついこの間まで国家間で戦争してたんだ。終結後、ここでばったりコイツと出会った時はギスギスしてたんだが、いざ話してみると気があってな。意気投合してからはこうして一緒に呑むようになったんだ」

「ここは中立世界だからね。こうして敵味方関係なく食事が出来るのさ」


 龍人族と獅子族の二人は、お互い肩を抱き微笑んでいる。

 ふーむ。色々な異世界で色々なしがらみもあるけど、ここユーメルツなら気兼ねなく過ごせるって訳か。まるで野生動物たちが集う湯治場みたいだな。


「じゃ、何かオススメを握ってくれるか」

「はいよ!」


 リクエストに応えるため、俺はテーブルに置いてある寿司ネタ一覧を眺める。


 ――うーん、どれにするか。……そういえば午前中、店長がマグロのヅケを仕込んでいたな。よし、それにするか。


 深紅に染まった漬けマグロネタを左手に、シャリを右手に取り、流れるような手捌きで握る。


「お待ちどうさまでーす」


 寿司の載った皿を二人に差し出すと、


「どれ……モグ」

「いただこう……モグ」


 皿を受け取りすぐさま口に放り込んだ。


「うっ……うっ……」

「はぁ……はぁ……」


 すると二人がうつむき加減で震え始めた。


「あれ? どうしました? ちょっ何か問題でも――」


 俺が戸惑っていると、


「うーまーいーぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――!」

「うぼぁぁぁーうまままま――!」


 獅子族と龍人族の人の咆哮が店内に響き渡る。

「何だこの寿司は! うまい! 濃厚で痺れるようなマグロの風味にパラリとほぐれるシャリの絶妙なバランス! ここまでの寿司を食べたのは初めてだぞ! 何と言うか、本能に訴える味だにゃぁ!」

「そ、そうですか」


 握りの腕には自信あったがここまで驚かれるとは……。この漬けマグロ、何か変な薬でも入ってるんじゃないのか?

 俺はマグロネタの入ったトレーを手に取り、怪訝な表情になった。

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