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12 魔界の王女さま

「あー、ねむ……」


 夜の作業を目前にして、俺は控え室で体育座りのままうなだれていた。

 休憩に入ってまかないのちらし寿司を食べた後、回転寿司ウツロのメニューや扱っている魚介の文献に目を通していたが、寝不足もあってかついウトウトしてしまう。

 誰も居ない空間にぽつんと一人。

 ……こうして目を閉じていると、無意識に耳へ神経が集中してしまうのが分かる。


 カッチ。カッチ。

 ――壁時計が秒針を刻んでるな。


『サーモンを冷凍室から四パックじゃー』

 ――キッチンからの声は店長だな。


 ザンッ! ザンッ!

 ――誰かが魚を捌いているな。


 ピコーン!

 ――誰かが何かを閃いた音だな。……いや、そんな効果音聞こえないだろ、何の音だよ!


 キィ。

 ――裏口のドアが開いたな。


 ザッ。ザッ。

 ――ああ、誰か来るな。

 戸越しに聞こえる足音、そのボリュームは徐々に大きくなっている。

 ――3……2……1……。

 脳内での無意味なカウントダウンがゼロを迎える。と同時に控え室の戸が滑る音。すう、と室内とは異なる空気が流れ込んでくるのが分かる。


「……お疲れさまです――あっ本物だ」


 ――本物?


 乱入者の声と気配を感じ、ゆっくり顔を起こす。

 視線の先には、驚いた表情を浮かべている妙齢な女の人がいた。切れ長の瞳が俺を見つめている。

 ひょっとして俺と同じくバイトの人かな。


「えーと、おはようございます」


 俺はとりあえず挨拶をしておく。

 背丈が俺より頭一つ分小さい彼女は、目尻に掛かりそうな前髪をヘアピンで止め、腰まで伸びている後ろ髪を首元で束ねていた。丈が短い漆黒のドレスを着用しており、胸元辺りは、プリントされている柄が歪むほどの大きな曲線を描いている。間近で見るとすごいボリューム感だ。


「つい昨日雇われたユウヤと言います」

「……私はシズハ。よろしくね、フフフフフフ――」


 ものすごい薄ら笑いをしながら、後ろ髪をふわりとかき上げる。

 この人もひょっとしてユナたちに連れ去られてきた一人なのか?


「ちなみにー、シズハさんはどこの方なんですか?」

「……出身のこと? 私は魔界グラナム育ちで、そこの魔王の娘なの」

「は? 魔界?」


 よく見ると、こめかみの辺りから黒髪の隙間を縫って角らしきものが生えている。まじか。

 するとシズハさんの後ろから、短髪で金髪な男性がひょいとにこやか顔を覗かせた。


「そうなんですよ、ユウヤ君」


 首や腕にアクセサリーをじゃらじゃら付けているその男は、満面の笑顔で語りかけてきた。


「あ、僕はガトウと言います。シズハお嬢の付き人をやってます。俗世の生活を体験しながら各世界の見聞を広めるため、ここユーメルツで働きながら自立を目指すお嬢をサポートしてるんですよ」

「へー、そうなんだ」


 この人たちは自発的にココへ来ているのか。人によって色んな境遇があるんだな。

 控え室に靴を脱いで入ってくるなり、シズハさんは俺の顔をじーっと見つめ、


「……ところでユウヤ、目元にくまが出来てるけど寝不足?」

「いやー、昨日色々ありまして」

「……大丈夫? 引導渡してあげようか?」

「それじゃあお願いしま……ってどーゆーことですか!」

「……大丈夫、痛くないように優しくしてあげるから」


 永遠の眠りにつかせてやるとでも言うのか? 冷静に恐ろしい事を口にしてるよこの人!


「……私たち、昨日までお休みをもらってグラナムに里帰りしてたの」

「いやー久しぶりの帰郷でしたからね。魔王様もたいそう喜んでました」


 えっ、自由行動OKなんだ。俺はほぼ軟禁状態だってのに。俺の場合、逃げたら二度と戻って来ないとでも思われているんだろうか。

 シズハさんは着替え用スペースへと足を運び、カーテンを閉める。


 しゃっ。

 ゴソゴソ。

 しゃっ。

 瞬く間にカーテンが開いた。

 えっ?

 ……えっ?


 思わず二度見してしまう。着替えるのはやっ。水泳の授業がある日に水着を着込んでいた人のようだ。

 シズハさんは、黒のミニスカートに半袖の白Yシャツとを身に付けていた。


「あのー」

「……何?」

「着替え早くないですか?」

「……もっとじっくり堪能したかった?」

「いやいや、そもそも見えてないんで。一瞬で着替えたから凄いなーと思って」

「……そんなの簡単よ。特別に見せてあげる」


 そう言うと、シズハさんは両手を華麗に踊らせてくるくる回る。

 すると、まるで幼女向けアニメの変身シーンのように全身に服装がポンポンと張り付いていく。どんなマジックだ。

 帽子に赤いエプロンまで装着したシズハさんを、俺は改めて見直した。

 心に引っ掛かっていたもやもやが……あ、思い出した。


「シズハさんって仕事のマニュアル映像に出演してましたよね?」

「……どうしてそれを?」

「さっき見たんですよ。ビールグラスを床に落として割っちゃうドジっ子的な役割でしたよね」

「……あれはあくまでも演技よ。実際に割ったことはないよ。割ったことあるのはガトウの額と魔界の廃城ひとつだけ」

「そうなんだ……って、ええ!?」

「お嬢、その話はやめてください! あの時のトラウマが――ガクブル」

「……ユナのお風呂覗こうとしたあなたの自業自得でしょ」


 オイオイ、この人たちも何か怪しい雰囲気漂ってるな。


「……さあ仕事に行きましょう」


 ――おっと、もう休憩時間終わりか。

 カウンター内の軍艦巻き担当であるガトウとは別れ、俺とシズハさんはキッチンへと向かった。

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