プロローグ
『ウマすぎて死なないで下さい! 当店では責任を負いかねます 店長より』
店内に掲示してある宣伝用のポスターには、達筆な文字でそう記されていた。
数多くの客で賑わっているこの店は、異界の狭間に存在する回転寿司店ウツロ。
「いらっしゃいませー」
熱気と喧噪に包まれている店内に、新たな客を歓迎する挨拶が響いた。
そんな中、俺――一ノ瀬ユウヤは、ホールの中央をぐるっと一周している寿司レーンの中でせっせと寿司を握っていた。
席は開店まもなくして満員御礼。訪れたお客さんの種族は多様で、大半はコスプレでもしてるかに見える異界人ばかりだ。
両耳がシュッと伸びているのが特徴のエルフや、頬まで開いた大きな口へ触手で寿司を運ぶ怪物、鷹のような顔立ちで刺身を器用についばむ鳥人などといった面々のお客さんたち。
そんな異質の空間で、ごく普通の人間であろう俺は淡々と仕事に勤しんでいた。
店内入口の壁には体長五メートルはあろう巨大なマグロの魚拓が飾ってあり、至る所に貼ってあるポスターには『今日も店内はウマすぎ注意報発令中!』とか『あなたの死生観変えちゃいます、一貫の寿司で』とかの注意書きが。
寿司の味によほど自信があるのか、大げさに表現しているのか。
――いや、全然大げさじゃなかった。
俺の握った寿司を食べた途端、
「うーまーいーぞぉぉぉぉ!」
「うめええぇぇぇしぬぅぅぅ――」
「うままままママのあじーーーー!」
連動するかのように、あちらこちらの席から感動と悲鳴をごちゃ混ぜにしたかのような叫び声がオーケストラとなって店内に響く。
客の口から漏れ出したエクトプラズムのような魂の固まりが今にも天に舞っていきそう。そんな状況がそこかしこで発生していた。
――死ぬほどウマいという言葉は聞くが、ウマすぎて死んだなんて話聞いたことがない。
「……何度見ても見慣れない光景だな」
俺はこめかみに指をあて軽く頭を振った。
「今日は大盛況ですねー、ユウヤさん」
薄紅色の作務衣に身を包んだホール係の少女が、カウンター越しに笑顔全開で話し掛けてきた。
この子は、うなじまで伸びた藍色のポニーテールが特徴な、この店の社長令嬢であるユナだ。
「忙しすぎるのも考え物だな……で、今日はどんなネタを仕入れてきたんだっけ?」
「ハイ、幻界灘で取れた新鮮でグロテスクな魚介類ですよ! 一押しメニューは呪ウイルスに漬け込んだ狂肌マグロのヅケです! 他には魔王イカの地獄の業火焼きや死シジミのお吸い物や――」
「あ、もういい」
聞いてるだけで頭痛がひどくなりそうなので丁重にお断りする。
「……はぁ」
深いため息をつき、俺は天井を見上げた。
異界と異界を繋ぐ境界世界で営業している回転寿司ウツロ――いや、怪転寿司と言った方が適切か?
俺は何故こんな所で仕事をするハメになったのか……。