8.私
昨日の嵐が嘘だったかの様に澄み渡る空に、憂鬱になる。
エレノアの言った通り、朝には使いが来てエレノアと少しやり取りをしていた。私が乗る馬車も家の前にある。
「…メイリア、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
今にも泣き出しそうなエレノアに、少しでも笑顔になって欲しくて元気に返事をしたが、馬車が出てもエレノアは俯いたまま、顔を上げることはなかった。
どこのお屋敷に向かうのかは結局知らされないまま、馬車に揺られる。
(馬車に乗るの、あの時ぶりね…)
あれから、もう7年は経っていることになる。しかし、今でもリベラとしての私の記憶は薄れること無く、まるで昨日のことのように思い出せる。
(あれ?この道…)
馬車から見える風景が段々と見慣れたものに変わっていく。
この道、この道は
(コールドローズ家へ、向かっている…!
ど、どうしよう!こんなことがあるなんて。私、コールドローズ家で侍女として働くということ?!なんだか複雑ね…)
また、お父様とお母様に会える。でもそれは2人の子供としてでなく、侍女として。
嬉しい気持ちもある反面、悲しい。
「どうぞ」
「ありがとうございます…」
あの日。私はここでリラと別れて馬車に乗り、道中で…
(思い出したくもない)
一歩お屋敷に踏み込むと、懐かしい香りに包まれる
すー、はー。と深呼吸をして空気を体いっぱいに取り込む。
(本当に、帰ってきたんだ)
「ようこそ、メイリアさん。私は侍女長をさせて頂いております、リラと申します」
「リラ…さん」
リラも、最後に見送られた時より少し若い。不思議な気分だ。
「ではメイリアさん、着替えましょうか」
「は、はい!」
「こちらへどうぞ。後でお屋敷の見取図をお渡ししますが…こちらが旦那様と奥様のお部屋で、あちらが旦那様の書斎となります」
(知ってる…けど、本来は知る筈ないものね)
「そしてこちらがお嬢様のお部屋です。私達侍女や執事のお部屋はこちらの歩廊の向こう側となります」
「お嬢様?」
(お嬢様って、私…じゃ、ないわよね)
「はい。旦那様と奥様の一人娘の…あぁ、あちらに。…お嬢様、お屋敷の中を走り回ってはなりません!」
私達の目の前を走り回る女の子
「リラのおこりんぼ!…あれ?リラの隣の人、だーれ?」
「お嬢様、先ずはご自分が名乗らなくてはなりませんよ。」
黒い髪に、お母様から頂いた髪飾り。
「ぅ〜…りべら、です。あなたは?」
この女の子は、私だ。