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7.娘



雨は段々と強くなり、雷も鳴り始めた。


「きゃっ」


泥濘んだ土に足を取られ、ゴロンと転がる。

しかし汚れてしまった服も、片方脱げた靴も今はどうでも良い。

少しでも早く帰らなければ。




「はっ、…っはぁ、おか、さん」


勢い良く家の扉を開け、エレノアと数人の男性の姿を捉える


「だれ、ですかっ」

「……メイリア。お部屋に、行ってなさい」

「でもっ」

「行ってなさい」


エレノアの只ならぬ雰囲気に気圧され、とぼとぼと部屋に戻る。

泥塗れの服では座ることも出来ないが、着替える気にもなれなかった。




「メイリー、お風呂入るわよ」


エレノアに手をとられ、風呂場へ連れて行かれる。


「さっきの人…」

「こんなに泥んこになって。どこで遊んでたの」

「ね、さっきの人たち、」

「メイリーは偉いから1人で入れるわよね?雨降ってて体も冷えてるでしょう」


パタンと風呂場に押し込まれ、結局聞きたことは何一つ聞けず、大人しくお風呂に入った。

(聞くべき…よね)



お風呂から上がりエレノアを探す。もう、男性達は居ないようだ。


「お母さん?」

「……メイリー」

「…お母さん、さっきの人達、だれ?」

「………貴女は、私の子供よ」

「…うん」

「私と、あの人の子供なの…っ」

「お母さん、どうして泣いているの?」

「ごめんなさい、ごめんなさいメイリー…」


何かに謝り、私を抱き締めるエレノアの身体は酷く冷たくて、短い腕を背中に回しても暖まりそうになかった。




雨はまだ止む様子も無く降り続いている。

エレノアは、何を隠しているのだろう。

あの、男性達は誰だったのだろうか。

(あぁもう、気になって眠れない!)

エレノアが明かさないなら、無理に聞かない方が無難だ。しかし、気になるものは仕方がない。


「…エレ、お母さん!」

「メイリー、まだ起きてたの?早く眠りなさい」

「お母さん。私、知りたい」

「…何の話?」

「私が帰ってきたときに居た人たちは、だれ?」

「…メイリア、気にしないで。早くお部屋に戻りなさい」

「だってお母さん泣いてるんだもん!」


でもだってで押し切る。

(本当に子供みたい…)

駄々をこねる自分を客観視すると、随分と滑稽だ。


「貴女にこんなに心配かけるなんて、私は母親失格ね」

「そんなことない!」

「ありがとう。ごめんねメイリー、…いずれ、分かることよね」

「分かること?」


意を決したように、エレノアが口を開く


「メイリーは、公爵様の所で働くことになったのよ」


一瞬、エレノアの言っていることが分からなかった。(働く?私が?)


「どういう、こと?」

「国の偉い方が、メイリーにお屋敷で働いて欲しいって…言ってるの」

「お母さんは…私に働いて欲しいの?」

「そんな訳ないじゃない!そんな訳…っ」

「…私は、どこで働くの?」

「詳しくは、聞いていないの…次来た時に、貴女をお屋敷に連れて行く時にって…」

「いつ、来るの?」

「嵐が去ったらすぐにでも、と言ってたわ…」

「すぐ、」


この豪雨が、止んだら。

いくら何でも急すぎる


「私、いやだ…行きたくない!」

「…ごめんなさい、ごめんね、メイリア」


慣れたこの暮らしを、この母親を捨て置いていくなんて。

しかし…一平民が公爵に逆らうことは、不可能だ。


一見綺麗なこの国では、このようなことが良く起こっている。

どうしてうら若い侍女が多く仕えているのか、どうして入れ替わりが早いのか。

少し考えてみれば直ぐに分かることだが、若い娘好きな貴族へ買われた街の娘がどうなるのかは、想像に容易い。


一方で、侍女職に憧れる女性や女の子達が多くいるのもまた事実。

貴族に買われてお屋敷に仕える街の娘は少数派。しかもその殆どが、娘の親の売り込みなのだ。


エレノアは女手一つで私を育てているが、商いは比較的上手くいっているように見える。お金の為に娘を売る、とは考えにくい。


メイリア(わたし)は、貴族の知り合いもいなければ名前も知られていないただの街娘。

公爵に1人思い当たるとしたら…

(……お父、様?いや、それは私の願望よね)

以前1度だけ林檎を買いに来たお父様。

しかし、あれ以来街で見かけることすら無いのだ、可能性は限りなく低いだろう…。



あれこれと考えている私の手を引き、エレノアは書斎へ入って行く。私はここの匂いが、本の香りが大好きだ。


「メイリー。ここはね、貴女のパパの書斎なのよ」

「パパ…?」


メイリアの、父親。今だに一度も会ったことは無いが、写真たての中に写る男性だろう、と気にしていなかった


「…これ、貴女のパパの…オーウェンの、手帳よ」

「手帳?」

「御守りとして、持っておきなさい。…此処にはオーウェンの全てが、人生が詰まっている。メイリーが何かに悩んだ時、苦しんだ時にきっと、この手帳(パパ)が助けてくれるわ」

「…うん、」


綺麗な布に包まれたそれは、すこし古びていて品があった。

私がこれを手にしていいのか迷ったが、大切に腕の中に抱え込んだ。


メイリア(わたし)の父親の手帳。

抱き込んだそれは、不思議と私の心を落ち着かせた。



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