2.気付き
「おはよう、メイリー」
私が誘拐されてから3日程が経った。
相変わらず視界はボンヤリとしていて、偶に赤ん坊の泣き声が聞こえる。そして泣き声がする度に浮遊感を感じ、安心するのだ。
(お腹が空いたわ)
「ぅやあ、ふゃあぁぁあ」
「はいはい、お腹空いたのね」
少しすると口の中に甘いミルクの味が広がり、空腹が収まる。
(こんなのまるで、私が赤ん坊の様だわ……ん?)
私が、赤ん坊?
わたしが、あかんぼう?!
まさか、
(私、今、赤ん坊になっているの…?!)
「うー、ぅ!ぅーーぁ!」
「あらどうしたの、そんなに険しい顔して」
んー?と顔を近づけられ、ボンヤリとした視界に女性の輪郭が浮かび上がる
(お母様じゃ、ない…!)
お母様ではない、しかしその腕に抱かれて安心しているのもまた事実。
(この女性は、 赤ん坊の母親?)
自分が赤ん坊だと仮定して、冷静に状況の把握に努める。
(まず私は赤ん坊、だとして。ここはこの女性のお家かしら)
こうなってしまう前、私は………そうだ
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「おかえり、リベラ」
「お父様…申し訳ありません」
「良いんだ、分かっているよ。今日は疲れただろう。早く寝なさい」
「……おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
お父様にもお母様にも申し訳が立たない。
私が通っていたのは、エントウィッスル学園という各国の爵位持ちの名家の子や王位を継ぐ者の為貴族の為の学び舎だ。
その学園から追放、というのがどれ程のことなのか──。
ベッドに横になっても眠気は来ず、結局一睡もすることが出来なかった。
「リベラ。眠れなかったのかい」
「申し訳ございません、このようなお見苦しい姿でお父様の前に…」
「あぁリベラ、どうか頭を上げておくれ。僕は心配しているんだ」
「はい…」
「こんなに疲れ切っている娘に、酷なことを言うのは僕も心が痛い…いいかいリベラ」
「…はい、お父様」
父がチェストから取り出した手紙には、王家の刻印が押されている。
嫌な、予感がする。
「本日をもってリベラ・コールドローズとクレイグ・レヴィンズの婚約関係は破棄と為す。
今件を受けコールドローズ家はリベラ・コールドローズを謹慎処分とする」
「きん、しん」
クレイグ様との婚約破棄は心の何処かで覚悟していた。しかし
「お父様、どうか…お許しください、親不孝な娘を、お許しください…」
謹慎処分。問題を起こした公爵の娘を謹慎処分と為すことは、勘当するも同然だ。
(私を愛し、淑女として大切に育ててくれたお父様。そんなお父様の口から、私は、絶縁を言い渡させている)
辛そうに目を伏せるお父様に、私はそれ以上何も言うことができなかった。
侍女に連れられ自室に戻っても、暫くは動くことも出来ず、部屋へ運ばれた食事も喉を通らなかった。
(最後の晩餐、かしら…)
殆ど手を付けていない食事を退け、1枚の便箋を取り出す。
(お父様、お母様)
真っ黒なインクが紙の上にサラサラと跡を残す。
リベラ・コールドローズとしての最期の文字、最期の言葉。
途中で視界がボヤけて、水分を含んだインクが染みとなっても、手が震えても最後まで書き綴った
「ありがとう、リラ。じゃあ、また…」
「お嬢様…」
早朝、幼い頃からお世話になった侍女のリラに挨拶をして馬車に乗り込む。
お父様も、お母様も見送りには来ない。これが、家を出されるということだ。
時折揺れる、行き先も知れない馬車の中で蹲る。
お父様にも、お母様にも、もうきっと一生会うことはできない。
その現実が、重い鉛となって私を追い詰める。
ガタンッ
馬車が強く揺れ、傾く───
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……私は、死んだ?
あの、薄暗い朝焼けの中を走る馬車の中で、たった一人で。
だとしたら、今は
(──来世?!)