27.姿見
「あっ、メイリーちゃん。この前の感想の続きなんだけど、」
「そんなことより」
「えっ、そんなこと?」
図書館内に誰も居ないのを確認して、ラザフォード様を真っ直ぐに見据える
「『貴方の心はもう私の元に無いというのに、私はまだ貴方を信じてしまうの』」
「…うん?」
「『私が貴方を愛している、それだけで良いと何度も自分に言い聞かせたわ』」
「メイリー、ちゃん?」
「『貴方の側に居られるのなら、貴方の腕の中でなくとも良かった』」
「……」
「…けれど、たった一度だけ私を包み込んだ貴方の温もりを、私はきっと一生、振り払えない」
「…〝貴方の腕の外で〟だよね。最後のは書かれていなかったと思うけど」
ラザフォード様には、乙女心が解らないのだ。いや、むしろ
「私がラザフォード様に言えることは、これくらいです」
「意味が分からないよ」
「分からなくて当然です、だって分かりたく無いんでしょう?」
「…何を?」
「乙女心、というものを」
茶化すような瞳は、その瞬間に暗い光を灯した。
「ラザフォード様は、逃げているのです。自分への好意に甘えて」
「…逃げてなんかいないさ」
「小説の中の少女は、完璧なんかじゃありません。いつだって何よりも人間らしい。愛することを喜び、愛されることを渇望する」
「違うよ」
「ラザフォード様の頬を打った女性と、何が違いましょう。ただ一つ、愛するラザフォード様に愛されたいと願った」
「…全然、違うじゃないか…」
項垂れる様に顔を両手で覆うラザフォード様の表情は分からないが───
「……だって僕は、彼女達を愛していた」
───泣いている、そう思った。
「それは本当に、愛、ですか」
「…本当の愛なんて、僕には分からない」
「相手の好意をただ鏡に映すことは、愛しているとは言えないわ」
ラザフォード様の肩が、小さく揺れる。
「ラザフォード様の鏡を、彼女達は知らずの内に受け入れた。けれど、いつか必ず気付くの」
「…気付く」
「自分が愛していたのは、鏡に映った自分なんだって」
ラザフォード様へ宛てた言葉は、形そのままに私へ向けられている。
思い返してみれば、私はだだクレイグ様を愛することしか出来なかった。否、愛することしか、していなかった。
クレイグ様はただ、私の前に鏡を置いただけ。
(ラザフォード様を黙って見過ごせ無かったのも)
ラザフォード様の頬を打つ女性達が、かつての自分と重なったから。
と言っても、私は最後まで気付けなかったのだけど。
「自分の愛の先に何も無いと知るのは…とても、悲しいことよ」
バッと勢い良く顔を上げたラザフォード様の頬は、やはり濡れていた。
しかしその表情は、どこか晴れ晴れとしている。
「…すごいなぁ、メイリーちゃん」
「い、いえ…申し訳ございません、不敬な言葉遣いを」
「いや、いいんだ。今のが本当のメイリーちゃんでしょ?」
「えっと、まぁ…はい」
「…ごめんね、色々みっともないとこ見せちゃって」
「…いいえ。そう思うのなら、図書館であのようなやり取りをするのはやめて下さい」
「はは、やめる。やめるよ…うん」
やめてくれるのなら、それ以上の収穫は無い。明日からまたここでゆっくりとした時間が過ごせると思うと、嬉しくて頬が緩む。
「メイリーちゃんって、意外と分かりやすいよね」
「…私、馬鹿にされてます?」
「違う違う。チャームポイントだよ」
「はぁ」
「ね、メイリーちゃん」
「はい」
「『たった一度でも君をこの腕で抱き締めたという事実だけが、僕の全てだ』」
「…流石です」
私が勝手に付け足した台詞への返答は、まるで物語の中の王子様が本当に発したように、すんなりと心に入った。
「──君が初恋なら良かったのに」
「それは、どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ」
(君が初恋なら良かったのに…?私には無い解釈だわ。今日は遮ってしまったけれど、ちゃんと感想を聞く必要がありそうね)
〝貴方の腕の外で〟にそんな粋な解釈があったなんて。やはりラザフォード様なだけある。
「じゃあね、もう行くよ。明日もお勧めの本紹介してね!そうだな、次は───恋愛要素抜きで、ファンタジーなんてどう?」
「…はい、お任せ下さい」
軽く手を振って図書館を出るラザフォード様に、私も同じように手を振り返した。




