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22.初日



最初こそ私の手を引いていたリベラだったが、私が学園の中を案内する内にいつの間に私がリベラの手を引くようになっていた。


「ねぇメイリー?こんなに広いのに、誰もいないのはどうしてなのかしら?」

「馬車での長旅の後、すぐに学園内を見回ろうとするのはお嬢様くらいですよ。それにここは初等部の学舎です、中等部と高等部の学舎はまた沢山の人がいるはずです」

「あら、ここは初等部の学舎なのね。本当にエントウィッスル学園って広いのね」

「5つの国の貴族や執事、侍女までもが集いますからね…お嬢様、今日はもう夕餉にして早めにお休みしましょう」

「…そうね、でも明日のことを考えると、食欲が無くなっていくようだわ…」

「食欲が無かろうと、食べていただきますよ」

「ひどい…」


リベラには悪いが、こればかりは仕方がないのだ。

明日、リベラはこれまでに経験したことのない程過酷な1日を過ごすことになる。何がなんでも食べてもらい、万全の状態で明日を迎えさせなければならない。


少し開けたテラスで夕食をとり、リベラと別れて荷解きをする。


「一応、確認しておかなくてはね」


オーウェンの手帳とはまた別の、自分用に繕った手帳を広げ、昨晩書き込んだ大量の名前を見つめる。一つ一つの名前から、誰がどこの国のどの爵位でどのような横顔なのかを瞬時に思い出す。

この作業は、明日の晩にある歓迎パーティーの為だ。レッツェ国公爵家の侍女として、リベラお付きの侍女として覚えていなければならないものだ。

と言ってもかつての学友達を思い出すだけだったので、それほど大変な作業ではなかった。思い出す度にチクリと心を掠める痛みは、最後に私を見る学友達の冷めた目を無意識に思い出してしまうからだろう。


(明日は、当然クレイグ様もいる…)

もう前のように動けなくなることは無いが、冷や汗と震えはどうしても治ってくれないのだ。

(パーティーであんな醜態は晒せないわ)

何とか対策を練らなくては、とは思うのだが。

それから暫くして学友を思い出す作業を終え、ベッドに入り目を閉じた。

(明日何事もなく終えられれば良いのだけど)





「暖かな春の日差しの中、私達はエントウィッスル学園へ入学することとなりました。

本日はこのような立派な式を行っていただき、誠に感謝しております。

私達新入生は、このエントウィッスル学園で沢山のことを学ばなければなりません。それは他でも無い、私達其々の祖国の繁栄の為です。

正しい歴史を学び、互いの国の違いを知りましょう。

正しい知識無しに、正しく国を導くことは出来ません。私達の誰もが、国を支え、導く者であるという意識を外してはなりません。

教員並びに中等部高等部の先輩方、私達が決して道を違わぬよう、温かくも厳しいご指導を、よろしくお願い致します。

ベルクステイン国新入生代表、ジルバード・ハワード・ベルクステイン」


大聖堂を割れんばかりの拍手で溢れさせたジルバード…ジルは、私の友人だった。

ベルクステイン国の第三皇子である彼は、責任感が強く堅物であるが、何よりも素直で優しかった。

兄のように、慕っていた。

そんな彼も今では、しっかりと私の中に恐怖として刻まれているのだが。


「メイリー、顔色が悪いわよ」


リベラがコソッと耳打ちをする。言葉に発さず「申し訳ありません」と告げ、降壇するジルを見つめる。私の乗り越えるべき、思い出だ。


「では続いてナイアード国新入生代表───」




その後も式は滞りなく進み、無事に終わった。

歓迎パーティーは夕刻に開かれるので、それまでには完璧な準備をして置かなければならない。


「お嬢様、時間がありません。早くお部屋に戻りましょう」

「でも今はまだお昼よ?パーティーが始まるのは夕刻の筈でしょう?」

「お嬢様のお気に入りのドレスを身拵えするのに、お手伝い出来る侍女は私たった一人ですよ」

「…そうだったわね」


リベラは今までに一度も社交界やお茶会に参加したことが無い。それにクレイグ様にお会いする時や公の場に出る時以外、着るのに大変苦労する煌びやかなドレスを着ることを好まなかった。

その上その偶に着るドレスでさえ、侍女が3人がかりで着せていたのだ。今日はかなりの時間を要することになるだろう。




「ちょっとメイリー…!きつい、!」

「もう少しです、お嬢様!」


なんとかリベラのコルセットを締め、薄く化粧を施す。


「とても良くお似合いです」

「ありがとう、次はメイリーの番ね」


今夜のパーティーでは、執事や侍女もドレスアップが義務付けられている。

私は着やすさを重視し、比較的簡素なものを選んだ。それでも勿論、侍女には勿体無い程上質な物だ。


「お父様は見る目がないわ、私ならもっとメイリーに似合うドレスを見繕えるのに」

「これは私が選んだものです…」

「…もっと良いものもあったでしょう」

「このドレスが、良かったのです」


あくまで、自分のセンスで選んだと主張すると、リベラは不満そうな顔をしながら引き下がった。





「御機嫌よう、コールドローズ嬢」

「ティリスア国子爵位アスカム家のご子息、中等部生です」

「御機嫌よう、アスカム様。お母上様がご病気だと伺いましたわ、一刻も早い回復を祈っております」

「ありがとう。僕もコールドローズ家の繁栄を願っていいます」


「あらコールドローズ様、お目に掛かるのは初めてですわ。何度かお茶会にお招きしたいと思っていたのですが、ご多忙だとお聞きして…」

「レッツェ国伯爵位ベイリー家のご息女、初等部生です」

「御機嫌よう、ベイリー様。左様でしたか…お気を遣わせてしまい、申し訳ございません。お気になさらず、是非お声を掛けていただきたいわ」

「まぁ、嬉しいわ。美味しいお茶菓子をご用意させて頂きますわね!」


「ご機嫌麗しゅう、コールドローズ嬢…」


とまぁこのように、リベラの周りを囲むように人集りが出来ていて、代わる代わるリベラに挨拶をしていっている。

5つの国の貴族が集まると言っても、公爵家の娘は少ない。その上レッツェ国第一皇子であるクレイグ様の婚約者ともなれば、是非お近づきになりたい人物だろう。と、今は思う。

当時は笑顔で受け答えするのに精一杯で、置かれた身の上を考えている暇は無かった。


ぼんやりとそんなことを考えていると、直ぐそばで「きゃっ」と悲鳴が聞こえた。

意識を戻すと、リベラのドレスは赤色に染まっており、その目の前には空のグラスを持つ顔を真っ青にしたご令嬢。どうやら誤って掛けてしまったらしい。


「も、申し訳ありませんコールドローズ様、申し訳ありません…!」


謝罪を口にする令嬢は可哀想な程震えているが、今はリベラの方が先だ。


「お嬢様、こちらへ。皆様お騒がせしてしまい申し訳ございません。引き続きパーティーをお楽しみください」

「…ありがとう、メイリー」


咄嗟に羽織っていたストールをリベラに巻きシミを隠そうとしたが、全て隠すことはできなかった。

ザワザワとしていた会場は静まり返っていて、誰もがリベラを見ている。クレイグ様もその中に、いる。

これ以上リベラが晒し者となるのは不味いと思い、早々に退場しようとする私を、リベラが制する。


「皆様方、不躾な格好で申し訳ありませんわ。少々お飲み物を零してしまっただけですので、お気になさらないで下さいませ」

「…お嬢様」


気高く、凛とした声でそう言ったリベラは、私の手を握って立ち去る。

(人前で話すのも、本当は苦手なはずなのに)

私の手を引き前を歩くリベラの手は震えている。

その震える手を両手で包み込み、人目が無くなった所でリベラを引き止める。


「お待ちください、お嬢様」

「…もう、おわりよ。あんな姿晒して、コールドローズ家の恥だわ」

「相手を罵ることもせず、ただ許し立ち去った貴女を、誰が責めることが出来ましょう」

「…本当は、掛け返してやりたかったのよ。だってあの子、体でなくグラスを傾けたんだもの…でもメイリーの前で誰かを汚く罵るなんて真似、口が裂けても出来なかった」


ぽろぽろと落ちる涙で、ストールが濡れていく。


「お嬢様は、正しいことをしました。そのことを私は、誇りに思います」


そんなの、怒って、罵って当たり前の状況だ。実際そうしたってリベラが咎められることは無いだろう。

それより私は、リベラの正しさを導くことが出来たのが私であったということが、何よりも嬉しかった。


「お部屋に戻って、お着替えしましょう。会場に戻るのが遅くなっては、皆様も心配してしまいます」

「…そうね」


顔を上げたリベラの瞳はまだ涙で濡れていたが、もうじき乾くだろう。


私達は少し遠回りをして、部屋まで戻った。



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