17.両親
私にとって、リベラは。
リベラにとって、私は。
『私のため私のためって、メイリー全然私のこと分かってない!』
叫ぶようなその声が、頭から離れない。
(私の事を一番に理解しているのは、私なのよ)
リベラは、私で、私はリベラだったのだ。それなのにどうして、こうもすれ違い、こんなにも苦しいの──
不意に動かした視線に、1冊の手帳がぶつかる
(私の父の、手帳…)
この屋敷に来て1度も手に取ることのなかった手帳は、ドレッサーの上で静かに時を待っていたかのように、私を惹きつけた
少しだけ埃を被った布をドレッサーの上へ置き、ベッドに腰掛けて手帳を広げる
(…これは、)
"今日はエレノアの誕生日だ、お腹の中の子もきっと喜んでいるはずだ。エレノアが歌うと、お腹の中で動くらしい。"
"ジャファさんから、赤ん坊用の服を頂いた。男の子でも女の子でも似合いそうな、可愛らしい服だ。僕は女の子がいいのだが、男の子でも大歓迎だ。"
"もうすぐ秋になるが、巷では流行り病で命を落とす人もいるらしい。愛しいエレノアと、僕達の子供を守らなければ。"
"本が書斎に収まりきらなくなってきた。エレノアは捨てろと言うのだが、この本達は生まれてくる子供に読ませたいものだから、捨てる訳にはいかない。少しだけ買う量を減らす努力をする、つもりだ。"
"体調が優れない。まさかと思いお医者様に診てもらったら、案の定流行り病だった。情けない。しかしお医者様は治ると言って下さった。早くに医者にかかったのが良かったらしい。
治るまでは、しばらくエレノアに会えないみたいだ。"
"段々と体力が衰えていくのを感じる。エレノアとお腹の子の為にも、早く仕事に戻りたい。"
"咳が止まらず、眠ることもままならない。お医者様は大丈夫だとは言うが。"
"僕もいずれ、話に聞いた誰かのように死んでしまうのではないかと、気が気ではない。もう随分とエレノアに会えていない。会いたい"
"僕は死んでしまうらしい"
"薬はもう飲まず、ただ外を眺める日々が続いている。多くは望まない、もし神がいるならば、どうか助け…欲しい。"
"外を眺めな…ら、生まれてくる子供の名前を考え…ばかりいる。今の所、男の子…らウェル、女…子ならメイリアで決まりだが、エレノア…どう言うだろうか。"
"今…は咳の一つ…出ず、とて…調子が良い。お医…様から面会を許…れ、久々にエレノア…会った。もうすぐ生…れる…たいだ。
最後に、生ま…た子供…顔を見れれば、もうそれだ…で良い。"
"すまない"
ページを捲るごとに、段々と字は弱り、読めなくなっていった。そして謝罪の言葉を最後に、それ以降は白紙となっている
ぽとり、と一つ、水滴がページへ落ちる
(私、泣いているの?どうして、)
どうしてか堪え切れない涙が、声も無く溢れ手帳の白紙ページに吸い取られていく。
涙にインクが滲んだように見えて、またページを捲る。
"メイリア・オルコット誕生。命名、オーウェン・オルコット"
これは、エレノアの字だ。
『あなたは、あの人と私の子供なの』
と、エレノアはそう言った
その意味がやっと、やっと分かった。
私は、メイリアは。この手帳の持ち主、オーウェンとエレノアの間に生まれた、2人に望まれて生まれた、2人の子供だ。
(リベラの事を1番に理解しているなんて、勘違いも甚だしいわ)
私はメイリアで、あの子はリベラだ。彼女は私では無いし、私はあの子ではない。
私は無意識のうちに、リベラを、苦しめていたのだ。こんな独りよがりな、独善的で、拙い私の考えで。
この日、私は初めて、写真立ての中のエレノアとオーウェンを、自分の両親として思い出した。
嬉しそうにエレノアのお腹に手を当てる、2人の笑顔を。