12.初恋
「お嬢様!廊下を走ってはいけませんっ!」
「熱も引いたし大丈夫!メイリー、今日はクレイグ様がいらっしゃるのよ!どんな人なんだろう、私しっかり挨拶できるかな?」
「できます、から!止まってください!」
この屋敷に訪れた時同様に、リベラは屋敷の廊下を走り回っている。流行りの風邪にかかり床に伏せっていたが、今日やっと熱が下がり食欲も元に戻った。
体は弱いくせに、どうしてこうも足が速いのか。
元気いっぱいのリベラを前に息を上がらせながら、今日をどう乗り切るかを考える。
(クレイグ様が訪れるまで後4時間弱ね…確か、クレイグ様がお庭で佇んでいるところを見て、私は恋に落ちた)
どうにか、リベラをクレイグ様に近付けないようにしなくては。
まだ風邪が治ってないことにすれば、お部屋に篭ってやり過ごすことができるだろう。
嬉しそうにまだ見ぬクレイグ様のことを考えるリベラを見て胸がチクリと痛むのは、きっと気の所為だ。
「ねぇメイリー?どうしてお部屋にいないといけないの?」
「お嬢様の風邪はまだ治っていないのです。どうか今はお部屋で安静にしてくださいませ」
「もうお熱もないし、ご飯も食べられるもん!私元気だよ!」
「そうやって油断するから、危ういのです」
「…ぅー」
不満げに不貞腐れるリベラ。
過去の自分とはいえ、8歳の幼い少女の恋路を邪魔している自分が情けない。
(ごめんなさいリベラ、貴女の為だから…)
「お薬持ってきます。お部屋から出てはいけませんよ」
「はーい」
今のところリベラは大人しくしている。クレイグ様が来るまではもう少し時間があるし、何とか大丈夫そうだ
「お嬢様、お薬をお持ち致しまし…」
もぬけの殻となったベッドを見て、部屋から飛び出す
まだ少し時間があるからと油断した自分が恨めしい。
(あぁもうっ!今リベラが居るとしたら…)
「お嬢様!お嬢様……っ」
お庭の前の廊下にぽつんと立っているリベラと、その視線の先にいる────
(クレイグ、さま)
ズキン、と頭が痛む。
体温が段々と下がっていくのを感じ、汗が額を伝う。
『リベラ・コールドローズを、学園から追放する』
『惚けないでくれ、リベラ』
『放っておけ、もう会うこともない』
私を蔑む凍った金の瞳、私を振り払う冷たい手
私の心が、私の中のリベラが訴えかける。
どうして、どうして…私はただクレイグ様を──好きなだけなのに。
「………ア、メイリア!」
「お、嬢様…」
「もう、メイリーどうしちゃったの?お部屋に戻ろ?」
「ぁ…はい、そうしましょう」
いつの間にクレイグ様の姿は見えなくなっていて、リベラに促されて部屋へと引き返す。
とっくに大丈夫だと、私は乗り越えたんだと思っていた。私はもうリベラではない、メイリアなんだと言い聞かせてきた。なのに、
(クレイグ様を見ただけで、こんなにも苦しい)
クレイグ様への感情は、恋ではなく恐怖として私に根を張っている。
決意した筈なのに。乗り越えた、筈なのに。
たった1人の男の子を見ただけでこうなってしまう自分が、ひたすら情けなかった。