10.覚悟
リラに屋敷の中を案内されたが、学園に入るまでの約11年間を過ごした屋敷の案内を改めてされるのは、少し退屈だった。
一通りの説明をされ、明日からよろしくお願いしますと言われると、早々に部屋へ戻ることとなった。
(なんだかとても疲れた)
ベッドに座り息を吐くと、どっと疲れが押し寄せた。こんなに疲れたのはいつぶりだろうか。
太陽はまだまだ沈まない時間だが、眠気が襲う。
(もう眠ろう。目が覚めたら全部夢だった、何てことにならないかしら)
ぼんやりと目を開けると、暗い部屋を月が照らしていて、扉の外もしんと静まり返っていた。
当たり前のように覚めた目と、夢ではなかったことに落胆しながら起き上がる。
服がそのままだったことを思い出し、クローゼットに用意されている服に着替え、扉を開ける。
(こんな時間に起きちゃったら、眠れないわ)
冷たい廊下を歩く足は自然と進み、屋敷のお庭へと向かう。
私は小さい頃屋敷に篭りきりで、外の世界と言えばこの庭だけだった。
眠れない時にはこうして庭に出て、屋敷から引っ張り出した椅子に座りお花を眺めるのだ。
「…あなたも、眠れないの?」
突然背後から掛けられた声にビックリして振り向くと、そこにはリベラが居た。
(…そうか、この子も私と同じなんだ)
「あ、えっと…そうなの」
「ここのお庭、キレイでしょ?」
「うん、すごく素敵」
「わたしのね、お気に入りの場所なの。夜のお花って、お昼と全然違うの」
「お月様が、お花達を輝かせてくれるのよね」
「そう!そうなの!メイリア、わかってくれる?!」
「しーっ、お父様とお母様が起きちゃうわ」
「ぁっ、じゃぁ、小さいこえでしゃべるね」
「うん、」
夜の綺麗なお花達が好きな所も、嬉しくなると声が大きくなる所も私と一緒だ。
やっぱりこの子は、私なのだ。
「メイリアは、どうして眠れなかったの?」
「お昼に寝ちゃったから、かな。リベラは?」
「…今日はお月様がまん丸でしょ?お月様がまん丸だと、眠れなくなっちゃうの」
「そっ、か」
「変、でしょ?」
「私も、お月様がまん丸だと眠れなかったの。リベラの気持ち、よく分かるわ」
「メイリアも?」
分かりやすく目を爛々と輝かせたリベラは、頑張って声を抑えている。
かつては私も、そうだった。
満月を見ると、妙に心が騒いだ。
だが今となれば、それは孤独ゆえの不安だったのだと分かる。
他の子よりも一回り小さく体の弱かった私は、可愛いドレスを着て踊る他の女の子と自分を比べて、ただただ劣等感に塗れていた。
少し風邪を引いただけで、酷く心配そうな顔をするお父様とお母様を見るのも、苦しかった。
少しの欠点もなく全てを綺麗な光で包み込む月と、欠点だらけで心配をかけてばかりの私。
「うん…。でも今はもう、まん丸のお月様を見てもちゃんと眠れるわ」
「…私も、眠れるようになる?」
「絶対、眠れるようになるわ。大丈夫よ」
「…ありがとう!ぁっ、おっきな声出しちゃった」
「ふふっ」
私が満月でも眠れるようになったのは…クレイグ様と出会ってからだ。
久し振りにクレイグ様を思い出して心がズキズキと痛む。
もし、この子が本当に私なら、私と同じ人生を歩むのなら
(……この子も、こんな思いをする事になるの…?)
目の前で嬉しそうに笑う女の子。
かつての、自分。
(あなたは、こんな思いする必要無い)
当時、クレイグ様で私の孤独が癒されたのは事実だ。しかし、その数年後、当のクレイグ様によって私は…。
(……私なら、変えられる)
今、この女の子の孤独を癒せるのは私ではない。
けれど、もし同じ道を辿ったら。この子を救えるのは、私だけだ。
「…メイリア、ありがとう。何だか今日は、眠れ、そぅ…ふわぁあ、」
「私も眠れそう。リベラ、お部屋に戻ろ、ほら」
差し出した小さな手に、リベラの小さな手が重なる。
繋いだ手を緩く振りながら、リベラの歩幅に合わせて廊下を歩く。
(私が導くんじゃない。こうして、側で歩いていれば良い)
私は幸せだった。
あの時まで、確かに、幸せだったのだ。
その幸せを取り上げてはいけない。けれど、この痛みを、絶望を知る必要はない。
夜の闇が、満月とともに薄くなる。
冷たかった筈の廊下は、少しだけ暖かくなっていた。