この人はきっと拉致常習者なのである。
ザリザリザリザリザリザリザリザリザリ
道路脇の草むらを使って走る事が多いのだが、当然どこの道にも草むらがある訳ではなく、草むらや木々がなければ普通に硬いゴツゴツした道の上を走るしかないのである。
であるのだが……。
どうにも身が削れそうで好きではない。
それと猫の時には気にならなかったのだが、舗装された道では毛なし以外の姿をほとんど見ない。
特に広い道では繋がれて歩く犬と、たまに猫の姿を見かけるくらいのもので、道の上で触手の姿を見かけた事はまだ一度もない。
こうしてみると、道とは毛なしの作ったものであり、毛なしのテリトリーなのであると深く感じされられる。
というか、道をズルズルと走る自分がやたらと目立つ存在ではないかと酷く気になった。
もう少しで草むらのある道に入る。そこまでとっとと走り抜けてしまった方が良さそうであるな。
と、チラチラと僕を見る毛なしの脇を走り、スルリと通り抜けようとしたところで近くを歩いていた毛の白いシワだらけの毛なしにすくい上げられた。
なんぞ⁉︎
「おや、この辺じゃあまり見ない種だね?お前さんどこから来たんだい?」
?
⁇
う、動けない⁉︎
どこをどう抑えられているのか、身体にうまく力が入らない。
このシワ毛なしは何者であるか?
「ちょっとウチの店に遊びに来るかい?ご馳走するよ?」
語りかけてくるのに拒否させる気もないのであるな、このシワ毛なしは。
だが、うまく力が入らないといっても動けない訳ではないのてあるぞ?
身をよじらせて手を外し、スルリと抜け出して地面に降りた。
そのまま逃げても良かったのだが、何となくそんな気分にもならないのである。
それは多分、不思議な掴まれ方をしたものの、シワ毛なしの触手に対する扱いが極めて丁寧と感じたからかもしれない。
このシワ毛なしは触手の扱いにとても慣れている。
猫あしらいの上手い毛なしは結構いる。
けれども、触手あしらいがうまい毛なしとはどうなのであろうか?
御神木の兄さんのような人(?)は珍しいと思うのだが……。
「ありゃ、私の手から逃げるかねこの子は。蔓触手にしては気難しい子だね」
ふむ、やはり悪い毛なしには見えないのである。
あなたは誰ですかな?
ポンッ
触手の先に実をつけて老婆の前に差し出した。
「おや」
と実を受け取った老婆は、その実をしげしげと眺めて口に含んだ。
「おや、賢い子だね。うん、実も甘くて美味しいよ」
実を食べたシワ毛なしがしゃがみ、視線を合わせてきた。
「あたしゃはこの先で店を開いてるトメってババァだよ。あたしゃ触手って奴が好きでね、よく店に入れちゃ面倒を見てやってんのさ、あんたも来てみるかい?
お友達がいっぱいおるよ」
ふむ。
お友達であるか。少し興味があるのであるな。
あい、分かった。ついて行くのである。
ポンッ
「ふふ、いい子だね。ついておいで」
そう言って先を歩きだしたシワ毛なし、もといトメさんの後ろをついて行く。
しかし、見た目に反してキリキリと歩く毛なしであるな。
トメさんの後ろをついて行って五分程、不意に足を止めた。
「ここだよ。入んなさい」
と、カランカランと戸を開けてトメさんは入っていった。
店、と言っていたが……、店の前にある看板には小さく
純喫茶
トメと誠
と書いてある。
喫茶とは毛なしが軽いご飯や、茶というものを嗜む場所であるの認識しているが……。
純とはなんぞや?
「今帰ったよ」
おや、中に誰がいるのかな?
と思うまもなく店内がふわっと明るくなった。
⁉︎
なんであろうか、今の不思議な感じは。
誰かが点けた、というよりはまるでこの建物そのものが迎え入れたみたいな……。
いや、まさか。
おそるおそると店の中を覗き込んだ店の中は多種多様な植物達で溢れていた。
その中で鉢に植えられた植物は数える程しかない。
壁に張り付いているツタ、天井を這っているツル、灯に巻きついているツル、鉢植えから生えている木、などなど。
これ、どれもこれもみな触手であるな。
いや、植物系のばかりではない。
ツル触手に纏わり付かれながら天井からぶら下がっている灯りや、壁から生えている灯りも全部機械触手である。
コード型のものもやら、鉄板が繋がったようなものから……機械触手達も色々様々である。
この店の中を飾るものの、そのほとんどが触手のようだ。
これはまた不思議な世界であるな。
少なくとも僕は、機械系触手と植物系触手が仲良く絡まり合っている姿を初めて見るのである。
「おや、驚いたかね?」
店の奥へと姿を消していたトメさんがその手に何かを持って帰って来た。
その手にあるのは……霧吹きと取っ手の付いた板?
「ほれおいで、バイト代だよ」
と、トメさんが壁に張り付いた植物系触手に向かって言っている。
バイト代?
バイトとは毛なしが働く時に使う言葉と認識している。
代とはその労働に対する対価の事であったかと……。
それではここの触手達はみな働いているのであるか⁉︎
トメさんの言葉に促されるように、壁に張り付いた一匹のツタ触手がトメさんの持つ板の上に乗った。
トメさんは板の上の触手に向けてシュッシュッと霧吹きを吹った。
途端に店内に爽やかな匂いが漂い……‼︎
なんであるか!この身体の奥底から湧き上がってくる衝動は⁉︎
これは……空腹⁉︎
触手になってから、とんとなくなってしまった感覚であった為にすっかりと忘れていたのである。
ポンッ
ぬ?
ポポンッ
霧吹きを掛けられた触手達が次々とお花を咲かせているのである。
この老婆は一体何者であるか⁇
葉面液肥
葉や茎に直接かけるタイプの肥料。即効性が高い。独特な匂いのするものが多いのだが、トメさんの葉面液肥は人にも触手にも優しく配合されている。
静電ノズル
噴霧口に静電気を発生させ、吹き出した霧がより植物に付着するように出来ている。液肥の使用量が減る為、とても経済的。
純喫茶 トメと誠
触手と人、両方に優しいお店。純はトメさんがなんとなくカッコいいと思ったから付けただけ。
植物触手と機械触手を利用したランプシェードと美味しいコーヒーが人気。