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ポンッとしたらしわしわになったのである。

 むぅぅぅぅぅ。


 ポンッ


 と出た。


 緑の触手の先っぽに豆粒ほどの小さな赤い実がなった。


 注連縄しめなわ首飾りのよれた毛なしが、その実をひょいっと取り、口に放り込んだ。

 実を噛み飲み込むと、うん、と唸った。


「うん、美味しい。初めてにしては良く出来たね。なるほど、君は猫だったのか」


 成功したようである。


 この注連縄毛なしが言うには植物系触手に限らず、触手は見る事も聞く事も出来る種が多いのだが、一様に喋る事は出ないのだそうである。


 その代わり……ではないのだろうが、『思い』を実に宿し食べてもらう事で、思っている事、考えている事を伝える事が出来るそうなのだ。


 これは触手図鑑にも書いてあった事でもあるのだが、意味が分からなかったので保留していた部分でもあった。


「しかし、猫から触手に転生とは、長くこの町にいるけど私も初めて見るよ」


 僕としては素直に猫として生きたかったのである。


 ポンッ


「確かに、猫さんのいた世界には触手という生き物はいなかったみたいだね。僕は好きだけどこの世界では触手は一般的ではあるのだけど、毛嫌いしてる人も少なくないからね」


 い、一般的なのであるか⁉︎


 ポンッ


「そうだよ。その辺にいっぱいいる。ほら、あそこを見てごらん」


 指差した先に、地面から生えてる小さいにょろにょろがいた。


「あれも触手だよ。猫さんの近縁種だね」


 近縁種?あの植物系触手は自分で歩けない様であるが?


 ポンッ


「うん、そうだね。実を言うと猫さんの様な、自分で自由に動ける植物系触手は少ないんだ。特に、猫さんの様な何でも食べれちゃう系統は特にね」


 そんな触手なんて違和感しかない生物の事を当たり前に語られても困るであるな。


「でも、猫さん。何でも食べられるからって手当たり次第に食べたりしたらダメだからね?」


 む?何でも食べたらダメなのであるか?


 ポンッ


「うん。植物系は猫の時の様に、お腹いっぱいになるという事がないからね。幾らでも食べれてしまう。だからって好き勝手食べ過ぎて、この世界の人達に危ない触手だと思われちゃうと、捕まえられて裏森に捨てられるちゃうんだよ」


 裏森?


 ポンッ


「裏森は投げ捨てる事、入る事は出来るけど、出る事のできない触手の捨て場だよ。そこに入れられちゃうと、多分もう二度と出てこれなくなっちゃうから、ね」


 わかったである。節度を守った正しい触手生を謳歌するのであるよ。


 ポンッ


 おぉ、会話する事のなんと楽しい事か。

 この世界に転生してから初めて何かこう……満たされた気がするのであるぁ。


「ね……猫さん猫さん」


 なんであるか?


 ポスッ


 おや?


 ポスッポスッ


 実が出ない?実が出せなければ会話が出来ないではないか⁉︎


「猫さん、触手にとっても実を作るというのは、身を削る行為なんですよ。楽しくなってあまりポンポン作ると……」


 お、おぉ、蔓も根もしおしおのかさかさになっているのである。


 折角、楽しい事を見つけられたというに、会話もままならんとは触手生も中々に大変である。


 では、最後に……、ぬぬぬぅ。


 中々に楽しいひと時だったのである。また知っている事を教えて欲しいのである。

 それまで栄養を貯めておくのである。


 ポンッ


触手の先から出た赤い実を口に含んだ注連縄の兄さんはニッコリと微笑んだ。


「猫さん、ありがとう。僕も楽しかったですよ。それでは私からも一つ」


 そう言って人差し指を出してきた。


 なんであるか?

 握手であるか?


 そっと蔓を伸ばそうとしたら、毛なし兄さんの人差し指の先がぷくりと膨らんだ。


 おぉ?

 と見ている間もどんどん膨らみ、赤く色づいて、ポトリと落ちた。


 人差し指は何事もなかったように、元の形に戻っている。


「さぁ、食べてください」


 ぉ、ぉぉぉぉぉぅ。


 鮮やかに赤い実は、林檎に見えなくもない。

 ほのかに甘い香りがしてくる。美味しそうではある。


 恐る恐る、カサカサになった根っこの触手をプスリと刺した。


 ちゅうちゅう


 ⁉︎


 おお!!


 ちゅうちゅうちゅうちゅう


 おおおおおおおお‼︎


 甘美なりぃぃ!


 触手の先まで行き渡るように痺れるぅ。


 甘い!美味い‼︎


 この世にこの様な物が存在したのか⁉︎


 ぉお⁉︎


 頭の中で弾ける様に映像が流れた。


 それはほんの一瞬駆け巡っただけの様であり、長い長い時間の中をゆっくりと歩いたようでもあった。

 その濃密な映像は、深く刻まれる様に僕の中に深く残った。


 これは……。


 後ろを振り返ると、それは見事な大樹があった。


 その太い幹には注連縄が巻かれ、いかにも千の時を生きた御神木、といった風態である。


 そうか、何か足りないと思っていたのはこれであったか。

 暑い日にはこの大木の陰でよく涼んでいたのを思い出した。


 そうであるな。


 あなたは御神木であるのでしたか。


 ふと意識が逸れると、さっき見た留守にしています。の立て札に戻っていた。


「見えましたか?」


 頷いてみせた。

 まぁ、そうは言っても、自分でも頭がどこであるかよく分からないのであるが。


「私がこの姿になって出歩く時に残していくのですが、立て札に見える人と、木のままに見える人とがいるのです。立て札が見える人には比較的、転生した方が多かったのですよ」


 なるほど、である。


「では、私はこのままお休みしようかと思います。町で見かける事があったら気軽に声を掛けて下さい」


 そう言って微笑んだ御神木さんが、立て札に向かって歩き、消えた。


 気付けば前から知る大きな御神木が目の前にあるばかりである。


 ひょっとして僕は夢を見ていたのであろうか?


 ……。


 いや、現実的であるな。


 僕の根っこの触手の刺さった、萎れた林檎が目の前にあった。


 やれやれである。


 こんなぶっ飛んだ御神木がいるなら、不可思議な触手が沢山いても不思議はないな、と、納得してしまった次第である。

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