研究所というところもあるのである。
「ところで、猫さんは、猫に戻りたいとか思ったりするのですか?」
御神木の兄さんが紹介するという、『ネジ屋』なるお店に向かう道中、兄さんの肩の上で揺られている最中にそんな事を聞いてきた。
まぁ、成りたくてなった触手ではなしに、唐突にこんな生き物になったのだから当初は困惑したのである。
ただ猫ではなくなった自分にかなりのショックを受けはしたのではあるが、なんとはなし寝て起きてるうちにこんなものかと慣れてしまったのであるなぁ。
猫であった頃から失ったものと、触手になって得たもの。
当然天秤に掛けられるものでもないのであるが、それはそれで納得してしまっている自分がいる。
といった感じである。
これは答えになるであろうかな?
ポンッ
「ふむ、なんとなく猫さんらしい気がしますよ」
パタパタと動く尻尾触手を触りながら御神木の兄さんは答えた。
「このまま触手に毛が生え続けたら猫さんは猫でなくとも猫の姿になれるのでしょうかね?」
それはどうであるかなぁ?
このまま生え続けても尻尾がうじゃうじゃとした、より奇怪な生き物になるだけな気がするのである。
ポンッ
「あははっ確かに」
猫に戻りたい。であるか。
以前は猫ではない事に、確かに驚き絶望したのであるが……今では特に気になっていない。
でも、自分の奥底に、やはり猫に戻りたいと思う強烈な気持ちがある気がする。
これはなんであろうか?
何か、猫だった事に執着する何かが?
その時、ふと偶然見えた母親らしいのと手を繋ぐ子供の姿を見て、唐突に思い出した。
「どうかしましたか?」
身体が動いてしまっただろうか?
御神木の兄さんを驚かせてしまったようである。
申し訳ない。
僕は以前、しがない野良猫であったのだが、その時にお世話をしていた女の子がいたのである。
その女の子に世話をしていた猫であると気付いてもらえなかったのであるなぁ。
ポンッ
「……なるほど、ではそれを思い出した今は、猫戻りたいですか?」
……。
分からないのである。
ポンッ
僕は女の子を助けられなかったのであるから。
猫である自分としては合わせる顔がなく、そう考えるとただ猫に戻りたいというのは、女の子に撫でで欲しいという自分のエゴでしかない気がして、少し恥ずかしい。
そして、触手である今は助けられるのである。
ならば、触手のままでいい。
そう思うのである。
「以前、猫さんに裏森の話をしたのを覚えていますか?」
覚えているであるよ。急にどうしたのであるか?
ポンッ
「はい、以前は必要ないかと思って話さなかったのですが、一応、猫さんにも教えておこうかと思いましてね。研究所の事を」
研究所?
「触手といいましても種類も色々とありますし、最初は無害と思っていた触手でも成長する事で、人やその他の生き物達に多大な害を与えてしまう触手も多々いるのです。その逆もですけどね。
その触手を管理、研究しているのが裏森にある研究所なのです」
ふむ。
確かにあの金魚などは危ない触手であった。それをどうにかする為の場所があるのは当然であるな。
「研究所は裏森だけでなく、この町の触手の生態調査も同時に行なっています。もしかすると猫さんの存在も、もう既に確認されているかもしれませんね」
それは……、僕も捕まえられるという事であるか?
ポンッ
「いえ捕まえる、というのではなく交渉に現れるかもしれませんね」
交渉⁉︎
「猫さんは高い知識レベルだけではなく、他種族との細かなコミュニケーションをとれるという、今までに例のない能力を身につけていますからね」
例のない能力であるか。
それでトメさんはあんなに驚いていたのであるか。
「触手への転生をしているというのを含めて、猫さんはかなり異例の存在となりつつあります。これからの成長をも含めて、ですね」
……なるほど。
「猫さんが今まで通り、自由に生きたいというのであれば、私やトメさんと関わり続けるのは良くないかもしれません。私たちは研究所とも繋がりが深いですからね」
それは……とても寂しいのであるなぁ。
ポンッ
「あははっありがとうございます。私も猫さんと一緒にいるのは楽しいですから」
まぁ、御神木の兄さんが、その研究所に関係している。というのは、ある意味納得であるなぁ。
兄さんの存在は触手以上に不思議である。
兄さんも交渉の上でお手伝いとかしているのであるか?
ポンッ
「はい、私は定期的な外皮と樹液の提供を求められていますよ。ちょっと痛いので出来れば遠慮したいのですが……中々そうもいかない事情もありましてね」
なるほど、なのである。




