わさわさしたのが生えたのである。
ちょっとそこに座って待ってな、とトメさんの言葉に促されるまま椅子にとぐろを巻いて座り、ぼんやりと店内を眺めた。
トメさんは忙しく店内を歩きまわり、鉢植えの観葉触手に謎の液体をやったり、伸ばしてくる触手の葉を取ったりしている。
そして一部のツル触手達が何枚もの布巾を持ってテーブルやイスを拭いてまわり、蜘蛛の形をした機械触手が丁寧に床のゴミを一つ一つ取って歩き、モップみたいな毛を生やした巨大なミミズのような謎触手がそのあとをうねうねと拭いて回っている。
何というか、不思議ながらも完成された共生空間がここにある。
自分も触手だから分かる。
ここにいる触手達は皆楽しげに、生き生きとしている。
トメさんのご飯が魔薬的であるというのもあるのだろうが、ここの触手達はトメさんと一緒に何かしているのが楽しいのだろう。
なんとも感心させられるものがある。
「待たせたね」
と、二つの容器を持ったトメさんがそんな事を言いながら戻ってきた。
一つには毛なしがよく使っているコップに黄色い透明な液体が入っている。もう一つはメモリの付いた計量カップに赤黒い液体が入っていた。
「これは内緒の草触手の葉っぱから作った特製ハーブティー、こっちは樹木触手用の特製液肥、好きなのを飲みな」
……触手の葉っぱから作った……ハーブティーであるか。
ま、まぁ一つ。
コップに根っこさんを差し込む。
……。
んー、さっぱり美味しい良い香り。
と言いたいところなのであるが、そんな感じがするだけでよく分からないのであるな。
ハーブティーに差し込んだ根っこさんはそのままに、液肥に別の根っこさんを差し込む。
おぉぅ。
栄養‼︎って感じがするのである。触手の隅々まで染み渡るような、全身から湧き上がってくる力強さは葉面液肥とはまた違った美味しさがある。
こうしてみると僕はやはり植物なのであるなぁ。
「液肥の方は気に入ってもらえたみたいだね。やはりハーブティーはいま一つかい?」
なんでそう分かるのか?
何を見て判断しているのであるか?
ポンッ
「んー、なんだろうね。顔がなくともね、よく見てたらあんた達ってのは結構表情豊かなんだよ。植物でも機械でもね。でもまぁしいて言うなら……」
しいて言うなら?
「愛だよ」
ふむ。
何か途端によく分からなくなったのである。
「そういえば、お前さんは元はなんだったんだい?転生した奴は何人か知ってるけど、触手にってのは初めて見るねぇ」
僕?
僕は気高き猫である。
毛は虎縞、足は我が心を映し出した様に白く、我が心根のようにピンっと尾を高く掲げた。
猫である。
ポンッ
「へぇ、あんた猫だったのかい。っていうか、猫も転生して来るんだねぇ」
トメさんがキセルを取り出して葉っぱを詰め、それに火を付けた。
フゥと吐き出した白い煙から不思議な匂いがする。
煙草の匂いは嫌いなのだが……、不思議とこの煙草の匂いはあまり気にならない。
まさか?
「おや、気付いたかい?この煙草も触手の葉から作ったもんだよ」
何から何まで触手まみれであるな。
しかし、こうしてトメさんと触手達を見ていると、自分の概念が次々とひっくり返っていくのであるな。
触手とはもっと例外的な、逸脱した存在かと思っていたのであるのに、こうして気持ちよく共生出来るのであるなぁ。
「この匂いは嫌いじゃないんだね。お前さんも吸ってみる……って流石に吸える口がないか」
興味はあるのであるがな。猫であるならいざ知らず、触手ではなんとも。
とはいえ、猫であったのならこうも細かく意思の疎通が出来なかったのであるし、いやはや……?
何かな?
急に身体がムズ痒く……。
あ、何か出る。
ボフッ
「おや」
おや、一本の手の方の触手から……これは……。
「毛だね」
毛……ですね。
わさわさわさわさわさわさわさ
毛ですね。
「それ、アレだね。さっき見えた猫の毛に似てるね」
そう言われてみれば虎縞である。
しかし、何故一本だけ?
「触手は条件が揃えば形状に変化の出るってのは珍しくないんだけど、これは面白い変化だね。条件は何かな?」
そう言うとトメさんは煙草の煙をフゥと吹きかけてきた。
「葉面液肥とハーブティーと液肥。それに煙草の煙……、変化はないね。後は……濃度?」
おぉぅ。トメさんの目が怪しくギラギラしてるのである。
少し怖いのである。




