続・TS婆さんの話
呪いを持つ者を最後に見た者は、呪いを引き継ぎ、TS(性転換)してしまう。
「すみません……。辞めさせて下さい……」
あたしは深く頭を下げる。コンビニ店員も、気力を無くした今のあたしには務まらない。
……笑顔。これが無理……。
お婆さんの呪いを引き継いだ『あたし』は、当初の予定通り、戸籍を手にした。1度、ニュース番組で聞いたことのあった無戸籍者救済の流れに乗った。
役所の人は、平凡な容姿の女性となった『あたし』に、とても親身になって下さった。
その役所に斡旋して頂いた仕事はつまらなかった。女性として華々しく生きていける……なんて思ってはいなかったけれども、それでも男の時よりマシだろうと踏んでいた。
斡旋された事務仕事からは半年持たず、退職した。女性だから何とかなるなんて考えていた。
女性である事を売りにする仕事、俗に言うお水の世界に入った。そこは想像とまるで違った。そこにあったのは、実力本位の世界。完全に甘く見ていた。そこの女性たちは日々、自分を磨いていた。どんな会話にも対応出来るよう、全方位にアンテナを張り、沢山の男性たちと笑顔で語り合っていた。
……女性となって日の浅い『あたし』なんかがやっていける世界じゃなかった。
男に戻りたい。
こう思うまでには、1年もかからなかった。
だから相談に行った。NPO法人に……。相談に行ったら、そこで働く事になった。それはきっと、『あたし』の僕時代の経験から出た話がインパクトを持っていたから。あたしは性別を隠し、男性として生活していたと嘘を付いたから……。
それから充実の日々を得た。
来る日も来る日も性の不一致の相談を受けた。あたしはカウンセラーの真似事。男女の性、どちらも知り得た『あたし』だからこそ出来る話。正に打って付け。
……あたしは人を品定めするようになった。
そこには男性と付き合える訳が無いと言う、確信があったからだと思う。女性となった今でも、自分の内面を男性だと勘違いする女性に肩入れしてしまう事が多かったから。
女性としての幸せを……。それが無理と分かると、あたしは本当に性の不一致に悩む人を探し始めた。
お婆さんの呪いを祝福にしてあげる為に。
留創さんは良い人過ぎた。あの人が天涯孤独となった理由は留創さんが呪いを誰にも渡そうをしなかったから。でも、ひっそりと亡くなったとしても、どこかで誰かに目撃されている。最後に人と出会った日が1ヶ月前だったとしても、呪いは引き継がれるかも知れない。だから留創さんはあの歳まで必死に生き抜いた。呪いを誰にも渡さない為に……。
留創さんは最後まで僕が看取る事に反対した。でも、あたしは呪いを引き継いだ。もしも、あたしが幸せを掴めなかったとしても、性同一性障害の人に引き継いであげれば、その人は喜んでくれるはずだから。
だから、あたしは毎日毎日、性に悩む人たちを真剣に見続けてきた。
あたしが呪いを授けてあげたくなった人たちは突然、やってきた。
ジェンダーカップルだった。女性は自分が男性だと思い、男性は女性だと思っている。そんな素敵な将来を誓い合った人たち。
涙ながらに相談する2人に、『あたし』は呪いを告白した。元が男性であった事、元の名前の男は今も行方不明者リストに入っている事。その写真。留創さんと言う、元の呪いの持ち主の話……。
信じるには十分の情報を与えたはずだった。
『あたしが自殺します。お2人はあたしが死ぬ瞬間を見ていれば、お2人に呪いは引き継がれる事でしょう』
あたしの本気の言葉に激高したのは、男のほうだった。
『ふざけないで! そんなもの、信じられない!』
女も追従した。
『あんた馬鹿じゃないの!? 誰がそんな事、望んでるって言った!』
……いざ、性転換出来る可能性を手にした時、この2人は手の平をひっくり返した。酔ってたんだ。2人は性の障がいに悩む自分たちに。
……たまたま2人がそうだったのかも知れない。
でも、どうでも良くなった。
『どの道、碌な事になりゃしねぇ』
この言葉を否定したかった。貴方も生き方を変えていれば、もっと幸せに過ごせたはずだと思っていた。
だから僕は、あたしになった。自分を犠牲にした貴女に感銘を受けた自分が許せなかったから。そんな生き方は間違ってるから。
『僕』は今も行方不明のままだ。両親には本当に申し訳ないと思っている。平凡な家庭に平凡な暮らし。就職に失敗して辿り着いた介護の世界は、意外と楽しかった。色々な人の生き様に触れることが出来たから。でも、薄給だった。それが全ての邪魔をした。
女性との出会いが無い訳じゃなかった。介護職も看護職も女性は多いから……。結局、誰とも付き合う事は無かったけどね。全ては薄給。もしも、職場の介護の女性と付き合ったとして……その先、結婚出産を考えると、踏ん切りが付かなかった。
今はもう、介護の世界に戻りたい。
天職だと思えた仕事にも急速に冷めてしまった。コンビニも、あたしには務まらない。
留創さんの言うとおりだった。もう何もしたくない。
だから僕は渋谷の……、あのスクランブル交差点に向かった。
そこで死んでやろうと思う。
さぞかし、呪いを引き継ぐ者が多いだろうね。
呪いを引き継ぐのは、1人だけなんて変な条件が無ければ……だけどさ。
留創さんは、あの世で怒るだろうね。
でも、死んじゃうんだからいいでしょ?
もしも大勢が呪いを引き継いだら大変だろうね。
……笑いが止まらないよ。