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風の少女  作者: 如月理有
1/1

異世界に舞い降りてきた少女の物語

理有は夢を見ていた。ああ、起きなくては。いつもの見慣れた壁が目に入る。

(神様にお祈りをしなくちゃ)

なぜかそう思った。あぐらをかいて座り、下を向く。視界いっぱいに白のシーツ。


タタタタタタ・・・

階段を上るような音と同時に、風の声がした。

(神様が来たんだわ)

理有はそう思った。

理有はこれまでの人生で神様にあったためしはない。だが、なぜかそう確信したのだ。

急に、心の奥深くをかきまぜられるような哀しみが理有を襲った。

神様が何かを理有に伝えていた。だが言葉が難しくて、理有に聞き取れたのはたったこれだけだった。


「そなたの父は絶大であり、そなたの狼は絶壁である」


----------------


目を開けると、いつもの見慣れた家の壁が目に入った。

さっきの出来事は何だったのだろう。理有は物思いに沈んだ。

壁の模様をこんなにもじっくりと眺めたのは初めてだった。

「あっ、遅刻!」

理有は急いで寝床を抜け出し、朝食もそこそこにランドセルをつかんで家を飛び出した。


通りを駆けていく。

風が吹いている。

秋の風だ。ふと、伝説を思い出す。秋風の子の伝説。

(私も風の子だったらよかったのにな。この向かい風、走りにくいなぁ)

途端、風が追い風になった。偶然かもしれないが、理有は嬉しくなってつぶやいた。

「ありがとうございます、秋風の子」

理有は学校に着く頃には、肌が冷え切ってヒリヒリとした冷たさも感じなくなっていた。

(もう、今の時期、半袖半ズボンじゃ間に合わないか)


毎朝、5年生と6年生は陸上をやる。理有はハードルだった。

タイムが遅くて上手とは言えないけれども、純粋にハードルが好きだった。

第一ハードル、足が逆になった。第二ハードル、歩幅が合わなかった。すると第三ハードル以降はもうむちゃくちゃだ。理有はそっとため息をついた、その時。


ドーーーン


グラグラっと地面が揺れた。

理有は自分の足が地面を離れたのを感じた。そして、次の瞬間、地面に投げ出されていた。

校舎は崩れ、砂埃をあげた。そして、理有はその下敷きになった。

遠のいていく意識の中、遠く、はるか遠くから歌声が聞こえてくるような、そんな気がした。だが次の瞬間、理有の意識は真っ暗闇に押しつぶされていった。


---------------------


理有は気がついた時、ベットの中にいた。体を起こした途端、ズキズキっと痛みが身体中を駆け巡り、思わず「うっ」とうめき声をあげた。

部屋は、理有のものではなかった。というより、これまで理有が訪れたことのないような部屋だった。

まず、部屋中の四方の壁には絨毯がかけられていた。色とりどりで詳細な模様がほどこされていた。隙間からのぞく壁は土を押し固めて作られているようだった。彫刻がほどこされた机と椅子があり、あとはベッドだけでいっぱいになるような部屋だった。天井の梁が丸見えなので、ここは屋根裏部屋だろうと予測をつけた。


外からは人々のざわめきが聞これてきていた。理有は外の様子が気になり、少しフラフラしながら窓に近寄った。この部屋は、どうやら3階のようだった。下をのぞくと、そこは商店街になっており、たくさんの人が大声を張り上げる活気みなぎる街だった。

街の建物の様子、人々の服装は、やはりこれまで理有がいた世界とは全然違うようだ。

街は一言で言えば黄土色だった。土を固めて作った壁、土の道、黄色と白を基調とした簡易な服装。

しかし、理有は特段疑問を抱くことなく、ただこの街が好きだと思った。


窓から顔を引っ込め、部屋の中をもう一度見回すと、ベッドの横に服がかけてあることに気がついた。

すべすべと肌触りが良く、持ち上げるとサラサラと流れるように薄くて軽い生地でできた服だった。爽やかだが深みのある緑色で、作りはシンプルだった。


部屋を出ると、下から良い香りがただよってくる。お昼を作っているのだろうか。

できれば見つからないようにして外に出たかったのだが、通りに出るには1階の部屋を横切るしかない。

「目が覚めたのね、おはよう」

「おはようございます」

お母さんと同じくらいの年齢の女の人に見つかってしまって、理有は仕方なく小さい声で答えた。

「お昼を食べる?」

女の人の問いに、理有は少し固まった。なぜ自分がこんなところにいるのかを聞きたかった。疑問はたくさんあったが、言葉は口から出てこなかった。最終的に、理有はただ首を横に振って女の人に背中を向けた。

理有は自分が思っている以上に、自分がまだ色々と心の整理がついていないことに気づかされた。

「外へ行くの。いってらっしゃい」

理有は黙って外へ出た。いつもの性格とのあまりの違いに、自分自身で驚いていた。


外は非常ににぎわっていた。見たことがないものばかりで理有の心は自然と浮き足立っていった。

次々とたくさんの店をのぞいていった。どの店の品物も、とても魅力的で、買えないことはわかっていたが、眺めるだけでワクワクとして楽しかった。ある店を覗くと、様々なカバンが売っていた。どれもこれも動きやすそうでかっこいい、上品なものだった。理有は順々に商品を見て回った。店の中には多くの人がいて賑わっており、動くのが大変だったが、その分店の人に声をかけられる心配もなく、安心できた。お金を持っていないのに店の商品を眺めることは、少し悪いことのような気がしたのだ。

とある端にあるリュックに理有は惹きつけられた。あまりされない茶色だったが、その色がなんだか気に入ったのだ。見るからに軽そうで動きやすそうで、小さくてでもちょっとおしゃれ。買えないことはわかっていたが、がっかりする気持ちより自分にぴったりのものが見つかったことが嬉しかった。


店を出るときは正面を見るので、自然と向かいの店に目がいく。向かいの店は、小刀や包丁を作る店のようだった。店の一番目立つところに刀が置いてあった。それを見たとき、理有は純粋に美しいと思った。一人の男がその店に入っていって何やら立ち話を始めたので、理有の位置からはその刀は見えなくなってしまったので、諦めて道に出た。

入り組んだ商店街が十字に交差しているところは、お菓子を売っている店だった。理有はお菓子をじっと見つめてから店主のおばさんを見た。おばさんは疑い深そうに理有を睨んだ。理有はしゅんとしてお菓子の店を後にした。


暗くなるまであちこちを心ゆくまで探検していたが、暗くなったら理有の行き先ははじめに目覚めたあの店しかなかった。あちこちに屋台が立ち、美味しそうな匂いを漂わせていたせいでお腹がすいてきたのもある。

改めてはじめの店に戻り、何を売っている店なのかを見て、理有は目を見開いた。それはこれまで見た店の中でひときわ目立っていた。その店は、ガラス玉の店だった。

店の壁一面に、所狭しと玉が並んでいた。どの玉にも美しい彫刻が入っていた。大きな玉もあれば小さな玉もあった。透き通る玉もあれば、濁ったものもあった。湖面のように透き通る青さのものもあれば、熱く燃え上がる火のような赤もあった。理有がひたすら玉に見入っていたが、店主の豪快笑い声に現実に引き戻された。いつの間にか、店にはもう理有と店主しかいなくなっていた。そんなに長い間見入っていたのかと思うと、恥ずかしい。

店主は、理有においでと手招きをした。理有は緊張しながらも、店主について店の奥、1階の部屋に入っていった。その部屋では、今朝理有に声をかけてくれた女の人も忙しそうに働いている。

「もうすぐ仕事が終わるから、そしたらみんなを紹介するよ」

それから、理有の視線がその女の人を追っているのを見て、店主は言った。

「あの女の人はリェールと言って、この店のオーナーで、僕よりも偉いんだ。僕はあの人に雇われて働いているのさ」

理有はうなずいて答えた。

「あの人、朝会ったよ」

すると、店主は当たり前だという顔をした。

「風の子、毎日お前が起きてこないから、みんな心配してたんだ。死んだかと思った見たら、息だけはしてるんだから。お礼くらい言わないとダメだぞ」

「ありがとう」

理有はお礼を言ったが、ボソッと小さな声だった。

「どういたしまして」

理有は顔を上げて店主の方を見た。

「毎日って、どのくらい寝てたの?」

「3日くらいかな」

「そんなに」

理有は黙って考え込んでしまった。

「俺は夕飯の準備をする」

店主は宣言するようにそう言った。理有がどうするのかは勝手にしろ、ということだろうと判断し、理有は少しこの建物を探検することにした。1階が店とリビングとキッチン。2階が仕事場。かまどのすすや作りかけのガラスの破片などで散らかっていた。3階は玉の倉庫とそれぞれの生活部屋で、玉の倉庫にはひたすらにたくさんの玉が雑多に置いてあった。頑丈そうな窓枠を持った大きな窓から入る日の光を反射して、キラキラと部屋中が輝いていた。3階の廊下の端に梯子が置いてあって、理有のいた屋根裏部屋につながっている。


「できたよー」

下から夕飯ができたことを知らせる声がして、理有は階段を降りていった。食卓には10人くらいが腰掛けていた。

「風の子、お前はあそこで食べな」

店主に指示されて、理有は机の一番端に座った。奥に行く途中、一人が理有の服に気がついて声をあげた。

「おい、そのワンピースはあの向かいの店じゃねーか。リェール、もしかして買ってやったのか?」

「女のプレゼントよ」

リェールはそっけなく答えた。理有はと言うと、一番端の理有の正面で夕飯を食べている男の子に注意を向けた。こちらの話にじっと耳を傾けているのがわかる。理有は大人の話に割り込んだ。

「ねえ、あたし、どうしてここに来たの?」

「おっと、まだ話していなかったな」

店主は一度口を閉じると、また開いた。

「あんたは、風の吹き荒れる日、一面の草原にいた。俺は、木を切りに行く時はあそこを突っ切って行くのが一番近いからいつもそこを通るんだが、いつもはなかったはずの、草の背丈が低くなっている場所があったんだ。遠くからでもなぜかよく見えた。そこに行くと、丸く草の背丈が低くなっている真ん中にお前が落ちていた。落ちてきたにちがいないと思ったのは、お前が全身をひどくけがをしていたからだ。あまりにひどいけがだったから、お前をそこに置いておくわけにもいかず、連れて帰ることにしたんだ。風の強い日に空から落ちてきた少女。俺は一目見て、お前が風の子だって気がついたよ」

(ふうん、風の子かぁ)

ずっと憧れてきた伝説の少女の名前で呼ばれるのは、違和感があった。自分ではない別の人のことを呼んでいるとしか思えなかった。実感はわかなかった。とはいえ、別に理有は自分の名前を告げる気はなかった。風の子と呼ばれるのもそれはそれで気持ちが良かったからだ。


「ねぇ、あんたの名前は何?」

理有は目の前で黙々とご飯を食べている男の子に話しかけた。しかし、男の子は聞こえなかったのか返事をしない。

「ねぇ、あんたに話してるんだけど」

聞こえなかったのかと思って、もう一度話しかけると、今度は上目遣いで睨みつけてきた。

(何なの)

理有がムッとしていると、それに気がついてか気がつかなくてか、リェールが代わりに答えた。

あきだよ」

そのまま自己紹介タイムになった。店主の名前はガボー。もう一人いる女の人がリイク。玉を焼く専門がカミルア。明の次に若いのがタイアンリー。おじいさんがハンハー。そしてマハンア。理有を入れて、全部で9人だった。

いつも8人で玉づくりをしているのだそうだ。この家にいる限り、理有も玉を作らなければならないだろう。




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