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第13話 ニート、実家に上陸する

なお、失敗する模様。

 見渡す限りの木々。この言葉しか出てこない程には自然に覆われた場所に来ている優斗たちであった。

 しかし、そんな場所であってもきちんと道路が整備されており車で通る事ができる。日本という国のインフラ整備は高水準であると言えよう。


 義政はこの道を懐かしむ。かつて自分が住んでいた実家であり、何度も何度も通った道であるからだ。

 尤も、この道を使うのは工藤一族に関わりのある者だけであり、政治の世界への影響力も馬鹿にできないのかもしれない。


 義政がきちんと駐車し車を降りる。それに続いて優斗たちも降りていく。


「優斗、ここには何回か来ているけど覚えているかい?」

「全然」


 義政は懐かしむ感情を抱いているが、優斗にとっては記憶にない場所でしかなく想いを寄せるような人物もいない。

 異世界で勇者となっていた影響により、一度訪れた場所をすぐに忘れるという事は無くなっているとはいえ、勇者となる以前の事は覚えているのは難しい。


「お客人、ここは観光地ではないため今すぐ立ち退いていただきたい」


 そこには優斗でさえ気付かない程の気配の無さで近づく老人がいた。

 その気配の無さに近づく事に気付けたのは1000年間戦い続けたアルヴィンと魔力を感知する力に特化しているアジャーニの2人だけだ。

 だが、それもかなり近づいてからであり完全に把握していたとは言い難い。


 老人は優斗を見て余裕のない雰囲気を出したが、それも一瞬の事であり義政を見た瞬間柔らかい笑みを浮かべる。


「ぼっちゃまでしたか。この源十郎一生の不覚、ぼっちゃまの気配を読み間違えるとは……歳とは取りたくないですなぁ……」

「源十郎久しぶりだね。でも、いつまでも強い源十郎でいてくれよ、僕は源十郎を見て魔術師に憧れたようなものだから」

「これは嬉しい言葉ですなぁ、『多彩なマジシャン』と呼ばれた世界の人に憧れと呼ばれるのは。しかし、気配を読み取る鍛錬が著しく足りてないですなぁ」


 義政と源十郎と呼ばれた老人は2人で再会を喜びあっていた。そこには確かな絆が感じられた。

 だが、視線が優斗に向いた瞬間その視線は絶対零度の如く冷たい冷徹なものへと変わっていた。


 気配を読み取る事に関してはアルヴィンやアジャーニの2人には劣るとはいえ、勇者として培った殺気に対する反応は超一流である。


「爺さん、後で一手ご教授願いたい」

「若造が調子にのるな。義政様がいなければ今すぐにでも排除してもいいのだぞ。この穢れた血を持つ者め」

「源十郎、優斗は僕の息子だ」

「だからこそですぞぼっちゃま。工藤という高貴な一族にあの穢れた血を入れてしまった事、その事がすでに許されざる事なのです」

「爺さん、今すぐ黙らせてやろうか?」

「ふん、多少力を持ってるだけの愚か者が。工藤一族において魔術師への才がない者は排除されると知らんのか?戯けが」


 一触即発といった雰囲気であった。

 しかし、勇者たち一行が空気を読むような集団であろうか?──答えは否である。

 当然の如く空気を読まない戦闘狂がいるのだ。


「クハ。クハハハハハハ!!これほどまでに面白い事があるか!我が主人をあろう事か魔術師の才がないと言い放った!そう!言い放った!」

「魔術師なんて視野の狭い者などに我が主人の才があるものか!否!断じて!断じて違う!!!魔術師如きにこの私が!無敵と謳われたこの私が負けるはずがなかろう!!!!」

「貴様のような力量も測れない愚か者は生きる価値すらない!この私が即刻排除してやろう!!!

 冥土の土産に!地獄の悪鬼共に自慢するが良い!1000年間戦い続けた男と戦って死ねる事をな!」


 空気をあえて(・・・)読まない戦闘狂は大きな歩幅で近づいていく。まるで怖くないとでもいうが如くとてもとても大きな一歩を踏み出して近づいていく。

 隙だらけのその歩み。しかし、その隙そのものが作り出されたものであり、飛び込めがたちまちボロ雑巾のような風貌に早変わりであろう。


 相対する老人は磨き上げられたであろう拳を構え、真っ直ぐ振るうだけであった。アルヴィンは幾つもの秘技や秘術といった消え去った武術や魔術師を組み合わせて戦う一種の達人だ。だが、老人の振るうその拳は愚直なまでに真っ直ぐ一つの武術に精通した武術家だけが振るう拳であった。

 優斗という例外がいるため忘れがちであるが、本来武術というのは一つの事に真っ直ぐ付き合った者が強いのだ。そして、老人から振るわれた拳はただ真っ直ぐなだけではなく、他の全てを捨ててでも得ようと真っ直ぐ振るわれた拳なのだ。

 アルヴィンだけではなく、真逆のタイプの優斗や真央には一瞬にして理解した。


「おい!避けねば死ぬではないか!あの阿呆を止めぬで良いのか!」

「向かっていくのが俺や真央だったら厳しい可能性はある。だが、今向かっているのは誰だ?」

「悔しいけど、あの男を甘く見ない方がいいわよ。1000年間戦い続けたっていうのは伊達や粋狂なわけじゃないから」


 仲間からの声援を背景にアルヴィンは笑みを浮かべる。それもとても邪悪な笑みを浮かべる。

 その口から言葉が紡がれる。


「一発だけくれてやろう。一発だけ拳を振るうのを許してやるのだ」

「阿呆が!それが貴様の死因だ!」


 今まで何も言わなかった義政はこの場においても何も言わない。

 老人こと源十郎にはお世話になったが、息子に対して暴言を吐かれて許せるほど度量の大きい人間ではない。いや、むしろ息子を愛しているからこそ息子への暴言が許せないのだ。

 血筋だけを見て優斗本人の事を全く見ていない老人の事が許せなかったのだ。


「源十郎、しかと受け止めよ。その拳は優斗へ振るうのではなく僕へ振るうのと同義であるということを」


 老人の一振りがアルヴィンの顎へと振るわれる。達人であっても白目を剥いて倒れたであろう重い一撃であった。

 しかし、アルヴィンは倒れない。笑みを崩さない。姿勢を変えない。


「やれ、アルヴィン。本物の戦士の一撃を見せてやれ」

「言われるまでもない、我が主人。陰陽対極拳 秘技 刺殺太陽」


 アルヴィンの拳が左右反対の動きをしながら老人へと突き刺さるように振るわれる。

 老人も防御の構えを取るが、防御の構えの上から殴られ、人間が発してはいけない音を出しながら吹き飛ばされた。


「ふん、他愛もない。鍛錬が足りないぞ」

「殺したのかえ?」

「殺せば主人が面倒に巻き込まれるであろう。その辺りの調整はできる。尤も、拳を振ろうとも二度と振るうなんてできないだろうがな」


 今日一番邪悪な笑みを浮かべながら宣言するアルヴィン。その邪悪な笑みに釣られて同じように邪悪な笑みを浮かべる真央と優斗。


「達人だと勘違いしている奴に現実を教えてやるとは、アルヴィンは良い奴だな」

「全くもってその通りだわね!」

「そうであろう!高貴な吸血鬼であれば当然だ!」


 義政は息子の邪悪な成長を素直に喜べずにいた。

 どこの世界に息子が愉悦を感じているのを喜ぶ親がいるのだろうか。




 ◇


 老人を吹き飛ばしたはいいが、工藤一族の本家に対して喧嘩を売っているのと大差がないという事に気付いたのは、しばらくしてからであった。

 義政の顔色は青々しくなっていき、実家へ里帰りしたとは思えないほど悪い顔色をしていた。


 一方、優斗は長距離の移動で身体を動かせなかったため、身体を動かす機会を失ってしまった事に苛立ちを隠せないでいた。

 この世界の達人と思しき老人と戦う機会を失ってしまったので仕方ないとしか言いようがない。

 ヤンとの激突時も自身の持つ全ての力を出し切ったとは言い難く、持て余しているこの力を振りかざしとしても戦えるような相手をは求めている。


 他の面々といえば、アルヴィンは満足しており、真央は優斗と同じく不満気な様子。アジャーニはどちらでもないといった様子だ。


 しかし、その状況も突如変わる。

 老人の名前を呼びながら苛立っている男の声が聞こえてきたからである。


「おい!源十郎!いつまでかかってる!親父がかなりブチ切れてるぞ!俺までどやされるのは嫌なんだぞ!なんか言えよ源十郎!」


 若者言葉を使いながら叫んで近付いてくる彼の声に義政は聞き覚えがあった。

 優斗が戻ってくる少し前に会った彼の声であったからだ。そう、工藤一族の跡取りにして次期家長である工藤一清だ。


 まずいと思った時には既に彼は扉を潜り受けてこちらへとやってきた後であった。


「てめぇら……工藤一族を敵に回あいたという覚悟をしろ」


 あと10年もすればドスが効いた威圧的な声だったのだろう。だが、彼はまだ20歳前後にしか見えず、耳に入ってくる声もどこか幼いものであった。


 しかし、威圧程度ではまるで揺るがない精神を持っている人物がここには勢揃いしている。彼の威圧はまるでお話しにならないものでしかないのだ。


「あらあら、一族の名前を使わないと戦えないのかしら?」

「雑魚によくいたな」

「ありゃダメじゃ。魔術の才はあるかもしれんがの、鍛錬がまるでなっとらん。赤子のエルフにすら劣るわい」

「まだ若いからな、仕方ない」

「優斗と同じくらいの年齢じゃない。単に努力がまるで足りないだけよ」

「癪だが人狼の言う通りだ。死ぬ気になれば主人までとは言わないがそこにいる『胸無し』や『チビ』くらいにはなれるだろう」


 たとえ殺気を向けられていたとしても彼らの反応は変わらなかっただろう。それほどまでに彼と優斗らには歴然とした実力差が存在しているのだ。

 唯一、義政だけが今にも倒れそうな顔色をしていた。


「『封印術 怪ノ捉』」


 義政を除く4人は、いつの間にか結界に閉じ込められていた。

 義政がその光景が目に入ってくるのを脳が拒絶している事に気付くのはいつだろうか。




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