第12話 老練のエルフ
大変長らくお待たせしました。
日本のほぼ中央に位置するこの場所で、かつてより封印術を司ると言われる実家へと足を運ぶ工藤一家。海には面していないが、山に囲まれた雄大な土地は人を自然へと帰らせる事ができる。
考えてみれば、ついこの間まで勇者として似たような山も自分の足で登っていた。しかし、こちらの世界では自動車という世界を走り回るもので山さえも登ってしまうのだ。風情がないとも言えよう。
「というより、なんでこんな山の中に本家があるんだ?」
「封印術を司るって事は何かを封印しているのではないかしら?」
「興味があるな」
優斗、麻央、アルヴィンの順で答えていく。義政の運転で車を走らせているが、助手席には誰も座っていない。なぜなら、麻央とアルヴィンがすぐに喧嘩を始めるため優斗が仲裁に入るためだ。
義政は泣きそうであった。
「それに関しては僕も知りたいね。何か鬼とか封じてるのかな」
「なんであなたが知らないのよ、本家出身でしょ?」
「それを言われると耳が痛いなぁ……家督を継ぐつもりのない僕には教える気はなかったと思うよ?それより優斗、薫ちゃんと一清君覚えてるかい?」
「いや全然」
全く覚えていない優斗の様子に義政は苦笑いしかできない。
工藤本家の長女と長男だが、一清くんに関しては兄さえも超える起源『封印』の才能を持った天才。魔術を専門とするユニバーシティでも優秀な成績を納めていると兄から聞いている。対して薫ちゃんは魔術の道を自ら閉ざした。才能はきちんとあったはずなのに自ら一般人の道を歩む事を決断したのだ。その苦悩は魔術師として活動していた義政には測る事もできない。
そして自分の息子は選択の余地すらなく魔導の道へと突き落とされてしまっている。工藤一族はあまり良い事が起きない一族なのかもしれない。
(いやいやいや、良い事だってきっとある筈だ!そう!結婚とか!)
そう考える義政、しかし現実は非情である。彼は結婚したが故に妻と娘を失っている。
やはり魔術師は多く存在しては駄目なのだ。
「そういえば、山本くんは付いてこなかったのかい?」
「ああ、なんでも実力の差を感じたからしばらく職務に専念するって。実力の差を感じる事なんかあったか?」
優斗の発言は悪意があっての発言ではなく、彼の基準がとてつもなくぶっ飛んでいるが故の発言なのだ。そもそも格上とばかり死闘を繰り返してきた優斗にとって実力の差とは如何に埋めるものかという考えるものである。策を弄するも良し。多人数で襲いかかるも良し。奇襲を仕掛けるも良し。
そして優斗が辿り着いた結論は、戦いの中で成長していく事であった。技術が足りないのであれば猿真似であろうが技術を奪う。身体能力で劣っているのであれば気合いを入れなおす。こういった行為の積み重ねで相手を倒してきたのだ。
常人が聞けば発狂するような考え方だが、そもそも勇者に選ばれるような人間がまともな訳がないのだ。
「全く、これだから脳筋はいつまで経っても脳筋なのじゃ。魔術と武術を混ぜ合わせてもより強い魔術には勝てぬくらい思いつくじゃろうに」
「ふっ、流石は700年生きた老練の魔術師は言う事が違うな」
「1000年間も戦いに明け暮れた阿呆に言われとうないわ!エルフに似てる癖に野蛮な吸血鬼なんぞ滅んでしまえば良いのじゃ!」
「まあまあ、貴方の事は全ての魔族が尊敬していたものよ。エルフの中でも人間に対抗する革命派を指導し、世界有数の魔術師だもの」
見た目は幼いが老人口調のエルフがいた。金髪の髪を持ち、この世で最も美しいと謳われる種族の中でも飛び切りぶっ飛んでいるのが彼女であった。
「野蛮な魔族なんぞに尊敬されても嬉しくないわい!わしがちょっとだけ本気を出せば人間の国だって一瞬で破壊できたがそれぐらいできなくて何が魔術師か!」
「それがおかしいのよ。なんで国一つが収まるだけの広範囲殺戮魔術を使えるのかわからないわ」
「まあ、主人に殺されたわけだがな」
「やかましいっ!」
彼女はエルフ族が反逆を起こした時に主導者として反抗勢力を率いていた。元々、異常とも言える魔術への知識と理解からエルフであっても地位を与えられていた彼女だ。根回しは入念に行われており、王国は喉にナイフを突きつけられたようなものであった。
しかし、そこに勇者である優斗が現れた。
優斗に課せられた3回だけ言う事を聞かせる制約魔術を全部消費する羽目になったが、エルフの反乱を鎮圧し、エルフ族最強の魔術師である彼女を殺す事ができたのだ。
「ところで優斗、そろそろ彼女の名前を教えて欲しいんだけど」
「なんじゃ、わしの名前も知らんかったのかい。わしはアニエス・アジャーニじゃ。エルフ族の魔術師じゃ」
「どうもアジャーニさん、工藤義政です。優斗の父親です」
「ほう、優斗の父君であったか。なるほど、優斗の魔術の多彩性はお主の影響もあるのか」
一度見ただけで自分の技を奪われる。それも、他人には真似できないような絶妙な改造を加えられて。
そう、優斗は技量に関しては超一流なのだ。
「ああ、後少しで着くよ」
◇
本家へと出発する前日。優斗はこちらの世界へ来て初めての危機に陥っていた。そう、バイトの無断欠勤についてだ。
2週間という自分で勝手に定めた期間はヤンではなく優斗自身を苦しめていた。
もしバイトをボイコットすればクビだろう。だが、あのバイトは何社も落ちてようやく手に入れた職なのだ。一般人としては何が何でも食い繋ぎたかった。
「ん、俺だけじゃ無理だ。誰かに相談しよう」
優斗の頭に最初に思い浮かんだのは父親だ。社会経験豊富な父ならきっと対策を考えてくれるだろう。そんな事を考えながら義政へ声をかける優斗。
「父さん、話があるんだが」
「どうしたんだい?」
「実はバ……」
ふと考える。
父に頼ってばかりではいつまでも親離れができないのではないか?そもそも父に迷惑ばかりかけてきた自分がこれ以上迷惑をかけていいものなのか。
「いや、バナナが食べたいなって」
「バナナか、確かあった気がするが」
父が指差す先には何本かが千切られたバナナ一房があった。無論、存在は知っているからただの誤魔化しだ。
「ああ、そうだった。父さんありがとう」
「???」
バナナを一本だけ千切り、自分の部屋へと戻る。
そして、魔術を発動する。
「解除魔術 解放ノ刻」
その魔術を使った瞬間、優斗の視界が光で埋め尽くされる。そして、光を発ししている魔法陣の中央から一人のエルフが現れた。
「なんじゃ、わしを解放する気になったのかえ」
「ああ、お前が必要なんだ。力を貸してくれ」
「ほう、わしに力を借りるなど勇者ともあろう者が良いのかいのう?」
「いや、別にもう勇者じゃないし。てか、お前のいた世界じゃないぞアジャーニ」
「は?え?」
アジャーニが周りをキョロキョロと見渡す。向こうの世界にはあり得ないほどにホカホカのベッド。向こうの世界ではあり得ないほどにツルツルな床。そして、見たこともない装置など、アジャーニにとって初見なものばかりであった。
その姿を見ながら優斗は可愛いと思ったらしい。
「え?え?王国は?エルフは?」
「とりあえず座ってくれ。俺の知ってる範囲で教えてやる」
アジャーニにはアルヴィンと違い優斗に敗北した後の記憶が全くなかった。アルヴィンと麻央は異世界から優斗の世界へと戻ってきた事を知っても動揺していなかった辺り、記憶を保持していたのかもしれない。
かつて優斗が使っていた勉強机の前にある椅子に座るように促し、優斗自身はベッドに腰掛ける。
語るのはアジャーニとの死闘の後何があったのか。優斗の意志と意志を継いだギルアークの話などだ。
◇
「ほう、それでわしに頼みたい事とはなんじゃ?」
「あー、店長の記憶をいじって欲しい」
優斗が取った手段とは記憶操作だ。優斗が元々休むと言っていた事にするのだ。それはまさしく偽装工作。
「お主、勇者ともあろう者がそんなコソコソしてどうするのかえ。勇者なら勇者らしく正々堂々と立ってればよかろう」
「バイトサボるのに堂々となんてできるかよ。しかもこっちの勝手な都合なんだぞ?本来なら違法行為だぞ」
「勇者なんじゃぞ?世界を救ったのに働くとは難儀なやつよのう。じゃが、働かないよりは好みじゃ」
働けるのであれば働く。当たり前の行動である。
大人が働く事によって未来ある次の世代が安心して教育を受ける事ができるのだ。インフラ整備を行い、経済力を高め、より良い教育環境を生み、今まで以上国を作っていく。それが社会のルールだと優斗は考える。
「まあ良い。お主が姑息な手を使ってまでも行わなければならない事なのじゃろう。特別に協力してやろうぞ」
◇
「それで、先日の戦闘の影響で一時的に実家に帰らなければならないと。恐らくそんな事だろうと2ヶ月は休みにしてやったから行ってこい。魔術師なんてそんなもんだ」
ビクビクしながら向かったバイト先では、店長が気を利かして2ヶ月も休みをくれていた。
ヤンを知っていた素振りから恐らく店長も魔術師、あるいは魔術師との関わりを持つ職業に就いていると考えられる。
「なんじゃ、えらく話しの分かる若者じゃないかえ」
「そうだな、店長ありがとうございます」
「おう、また元気な姿で出勤してくれ。それと、もし良ければ正社員として働かないか?無論、一段落して落ち着いてからでいい」
まさかの正社員への勧誘である。
無論、立派な社会人を希望している優斗にとってその誘いを断る筈もなく、真っ先に飛びついた。
「ほ!ほんとですか!!!!是非!是非正社員に!いつでも働けます!!!」
魔術師との関わりもあると思われる店長であっても、優斗の反応には苦笑いせずにいられなかった。