異界の軍勢
岩と土で作られたアジトの床には、ランチョンマットよろしく動物の毛皮が敷かれていた。その上には木をくりぬいた器、時には巨大な葉で代用した皿。そして、山のように盛られた果物や、内臓の処理の後適当に切ったとしか思えないほど大きな、こんがり焼けた獣の肉などが鎮座していた。
「おらよ! いらん気苦労掛けた詫びだ。たんと喰え!!」
「い、いや……そんな……迷惑をかけたのはオレの方だし……」
「んなこたぁ気にすんな! それに、ガンガン食って力つけとかねえと、本当にレイル嬢ちゃんがさらわれた時に困るだろ?」
早とちりからアジトを散々に荒らし、要であったと思われる機械獣と頭の義腕を壊した負い目を感じるジーノに、サーヴァは無理矢理肉を押し付けた。左腕は、本当に片手間で直せるほどの損傷だったらしく、食事の準備が整った時にはもう既に修理されていた。
有無を言わせぬ勢いに押し切られ、それを受け取るジーノだが、普段はまずこんな食べ方はしない、典型的な骨付き肉を手渡され、正直困惑していた。
いくら山賊と言えども、これはあまりにも豪快……いや、大雑把過ぎてはいないだろうか? 男の自分でも戸惑うぐらいなのだ、レイルだって困っているに……
「んぅう~! おいひ~」
しかし、半ば救いを求めるように横を見れば、そこには心底嬉しそうな笑顔で肉にかぶりつく幼馴染の姿。あまりにも幸せそうな表情に、自分の食事への戸惑い、そしてその身を案じていた心労は何だったのだろうかと溜め息を吐き、ジーノも肉に口をつけた。
「あ……美味しい」
「だろだろ! お頭の料理、まさに漢って感じでうめえんだ!!」
見た目に反する、カリッとした皮と柔らかな内側、じゅわっと溢れる肉汁の上品なコントラストに舌鼓を打つジーノの肩に、副頭が腕を回して笑った。お互いに誤解が晴れ、先刻までのピリピリした空気は嘘のように消え去っていた。
「あの……それで、サーヴァ、さん?」
「んあ? 呼び捨てで構わないぜ? というか、敬語は使わねぇでくれ。使うのも使われるのも、肩が凝っていけねえ」
ジーノがおずおずと名を呼ぶと、サーヴァはそう言って右手をひらひらと振った。
「じゃあ、サーヴァ。レイルを匿ってたって、どういうことなんだ? それに、オレのことを『敵じゃない』って言ってたけど……それは一体、どういう意味なんだ?」
ジーノの問いに、サーヴァはピクリと眉を動かした。そして一呼吸おいてから、その口を開いた。
「……その言葉のままだ。わしらの縄張りで、レイ嬢ちゃんが、『敵』に襲われとった。それをわしらが助けて、ほとぼりが冷めるまで匿ってたってわけさ」
「そうだったのか……でも、じゃあなんであの商人さん達は、人さらいなんて……」
「おそらく、ジノ坊が話を聞いた商人はまだ駆け出し、こっちの情報に疎かったんだろうな。わしらは義賊で通ってんだ。さらうとしたら、そいつがこの辺りを荒らす悪党だった時だけだ」
その言葉にジーノはわかったと頷き、レイルに向き直った。
「レイル……どうしてあの日、一人でいなくなったりしたんだ? 魔物の住処である祠に行ってそのまま行方不明なんて、町の皆がすごく心配してたんだぞ?」
ジーノの言葉に、レイルは気まずそうに視線を逸らした。
「ごめん……。でも、アタシも何でかわからなんだよ……」
「……わからない?」
ジーノが繰り返すと、レイルはこくりと首を縦に振った。
「何だろう……誰かに呼ばれた気がしたんだよね。祠に来てって。その途中で、あの変な魔物に襲われて、何とか銃で追い払いながら祠まで行ったのは覚えてるんだけど……」
「声? ひょっとして、女の子の声じゃなかったか?」
ジーノの脳裏に、祠で見た銀の髪の少女の姿が浮かんだ。彼女はレイルの行き先を知っていた。彼女自身がレイルを誘導したというのなら、ジーノにその情報を与えられた説明がつく。
しかし、レイルは「わからない」と首を横に振った。
「それに、何でかわからないけど、そっから先の記憶があいまいで……気がついたら、変な黒い服の人達に囲まれてて、そこをおっさん達に助けてもらったの」
「黒い服……それが、サーヴァの言う『敵』なのか?」
ジーノの疑問に、サーヴァは頷いた。
「やつらは最近この辺を嗅ぎまわっててな……ちょっと前からわしらとも小競り合いを起こしてて、警戒していたところで嬢ちゃんが襲われてたってわけだ」
「じゃあ、サーヴァはそいつらが何者か、知ってるのか?」
「……ああ。あいつらは……」
「……ドゥルケンハイト」
「ドゥルケン、ハイト……?」
サーヴァが告げた名前を、ジーノは繰り返し声に出した。
「……お前さんら、『光闇戦争』は知ってるか?」
「えっと……三千年前に起きたっていう、異世界との大規模戦争のことだよな? ひどい戦争で、精霊達の力を借りてようやく終結したとか」
光闇戦争の話は、ジーノも聞いたことがあった。子どもの頃に聞かされたおとぎ話。世界を守った巫女姫と、精霊への感謝を忘れぬようにと教えられたものだ。
「でも、それってただのおとぎ話じゃ……」
「いや。光闇戦争は実際にあったと思っていい。その証拠は……お前さんが持ってるだろ?」
サーヴァの指摘に、ジーノはハッとして、左耳に手を当てた。
そこに光り輝く、黄水晶をはめ込んだイヤリング。精霊の力が宿っている、町を守護する宝玉だと言われていた。あの黒衣の男が……おそらく、ドゥルケンハイトとやらの関係者であるあの男が欲していた、エレメント。
「そいつはおそらく、戦争を止めるために作られた神器『エレメント』。精霊達を統括する『大精霊』によってもたらされた宝玉だ。お前さんのは、雷の大精霊の力が宿ってるみてぇだな」
「……ああ。あいつも、そう言っていた」
「あいつ?」
レイルに聞き返され、ジーノは祠であった黒衣の男の話をした。
「あいつ、レイルの痣のことも、エレメントのことも知ってた。多分、あいつもそのドゥルケンハイトの一員だと思う」
「ウソでしょ……エレメントを欲しがるのはなんとなくわからなくもないけど、何でアタシまで狙われてるの……?」
本当に襲われる心当たりが無いのか尋ねるが、「そんなのあったら苦労してないよ……」とレイルは項垂れた。
「とにかくだ。今わしらの住むこの世界『リヒト』に、異世界『ドゥルケンハイト』の軍勢が攻め込んでる……もしくは、その準備をしているらしいんだ。で、そのためにエレメントと……理由はわからんが、レイ嬢ちゃんを手に入れようとしてるってわけだ」
「そんな……異世界からの敵だなんて信じられない……」
あまりにも突拍子の無い事実に、ジーノは額を押さえた。
「……でも、多分おっさんの言ってること、当たってると思う。少なくとも、異世界の名前を騙ったニセモノってわけじゃないと思うよ」
そう言い切ったのはレイルだ。
「何で、そうわかるんだ?」
「アタシらの町を襲った魔物だよ。ウルフに似てたけど、あの種族は全て火を苦手としてるの。自ら炎を吐くなんて、普通の亜種じゃない。突然変異にしては数が多すぎるし、襲われる日まで全く目撃情報が無いなんておかしいよ」
「へえ……嬢ちゃん、やけに詳しいじゃねぇか」
冷静な分析に、サーヴァが口笛を吹いた。
それもそのはずだ。レイルの父親(血は繋がっていないのだが)は、この世界でも指折りの魔物研究者なのだ。調査のために各地を飛び回る彼から直接、古今東西あらゆる魔物について教わったレイルの知識は、生半可な大人を凌ぐほどだ。
「異世界っていう、こっちとは全く違う環境で生まれたんなら、炎を吐けるように進化していてもおかしくないし。それにあいつらが手懐けて、戦力として連れてきたんなら、いきなり現れたのも納得できるよ」
「じゃあ……本当に……」
「まあ戦争については、山賊になる前にちょいっと調べてた伝承ぐらいしか知らんし、エレメントや嬢ちゃんについてわかったことも、やりあった時にやつらがポロッと口を滑らしたぐらいだしな……」
情報は圧倒的に不足していると、サーヴァが腕を組んで渋い顔をした。
ドガァァァンンッッ!!
つかの間の沈黙。それを破った轟音。同時に、アジト全体を強烈な振動が襲った。
「な、何!? 一体何なのさ!?」
「こいつぁ、地震とかじゃねえようだな……」
「お、お頭ぁっ!!」
ざわめくアジトに、一人の山賊が駆け込んできた。
「おう! どうした!?」
「そ、それが……妙な男が、この山を手当たり次第にぶっ壊してて……! もう、近くまで……!!」
山賊が言い切る前に、再び爆音が響き渡った。そして、壁の一部がひび割れ、そこからガラガラと崩れ去った。




