橙の山賊団
イロン山脈の中腹。ごつごつとした岩山を登っていく人影があった。
シャツとズボンという軽装に、魔物の毛皮で作られたであろう腰巻やベストを着込んだ男が三人。いずれも頭に、同じオレンジのバンダナを巻き付けていた。
「あれか……」
岩陰に隠れて様子を伺っていたのは、ジーノだ。商人ギルドで聞いた容姿と一致している。あれが、レイルを攫ったという山賊団の一員だろう。
息を殺し、男達の後をつける。そうしていくと男達は、何の変哲もない崖の前で突然止まった。
「《開門》!」
男の一人が高らかにそう叫ぶと、ごごご、という音を立てて、唯の岩肌にしか見えなかった一部分が横に動いた。その奥に隠されていた洞窟の中に、男達が消えていく。
「アジトにあんな仕掛けをしていたなんて……ただの山賊じゃないみたいだな……」
油断できない相手だと、ジーノは覚悟を決め、口を開けた山賊のアジトの中に飛び込んだ。
ビー! ビー! ビー!
「えっ!?」
その瞬間、洞窟内にサイレンが響き渡った。岩壁に埋め込まれた魔石が、赤い光を放って侵入者の存在を告げていた。
「おい! アジトに誰か入ってきたぞ!?」
「ちくしょう! つけられてたか!」
「だが、数は一人だ! やっちまえ!!」
どたどたと、山賊達がジーノを捕らえんと迫ってくる足音が近づいてくる。
「……油断できないって言った傍から……!」
できれば穏便に済ませたかったが、そうは言っていられない。ジーノは剣を抜き、武器を手に襲い来る山賊達を迎え討った。
「《電泡扇》!」
ジーノが剣を横に薙ぎ払うと、その剣閃から電撃が迸った。
「ぐわああ!!」
「か、からだが……しびれ……!」
エレメントの雷撃をもろに喰らった山賊達は、身体が麻痺してその場に崩れ落ちていった。
「悪いけど、通してもらうぞ!」
いくら悪事を働く山賊だとしても、命までは奪いたくない。雷撃で痺れさせて動きを止め、躱された相手は武器だけを壊すか、峰内をお見舞いして気絶させた。
「くっそ、このガキ強ぇぞ!」
「ひるむんじゃねえ!! お頭に情けねぇ姿見せるわけにゃいかんだろうが!!」
しかし山賊達も果敢にジーノへ襲い掛かる。しかも、このアジトには入口と同じように隠された通路が無数にあり、そこから山賊達が奇襲を仕掛けてくる。
数の多さと地の利を活かした攻撃に、ジーノの体力は少しずつ、着実に削られていく。
「く……っ、でも、ここで止まるわけには……いかないんだ!!」
それでもジーノは、レイルを救うために剣を振るう。大切な友人を助けたいという強い想いが、ジーノを前に進ませる原動力となっていた。
「てめぇら、いったん下がれぇ!!」
その時、ジーノと山賊達の耳に、男の一喝が飛び込んできた。
それと同時に響いたのは、ヴィィインッという、虫の羽音をずっと低くしたような音。そしてガシン、ガシンという硬質な足音を立てて、何かが近づいてくるのを感じた。
「副頭だ! 副頭の『エクス・マキナ』が来るぞ!!」
「巻き込まれっぞ! 副頭に任せて撤退だ!」
ジーノの猛攻に焦りと疲れが見えていた山賊達がざわめきだす。隠し通路に山賊達が身を隠すと、『それ』が姿を現した。
ごおぉおん!! という音を立て、土壁が破壊される。
そこから現れたのは、巨大な鉄で作り上げられた獣のような何かだった。
黒鉄で全身を覆われたそれは、一見するとライオンのように見える。よく見ると、関節部分などに細長いロープのようなものや歯車が詰め込まれており、それらが複雑に噛みあって機械の獣を動かしていた。先ほどから聞こえていた羽音のような音は、それらの稼働音のようだ。
「こ、これは……!?」
「侵入者め! オレ達ギーグ山賊団最強の機械獣『エクス・マキナ』で仕留めてやるぜぇ!!」
頭部の透き通ったガラスの中、様々な装置が詰め込まれた空間から、副頭と呼ばれた山賊が、ジーノに啖呵を切った。それに応じて、エクス・マキナの名を冠する獣は、その大きな鉤爪を振り下ろした。
「うわっ!!」
慌ててジーノは飛び退いて、その爪撃を回避した。
「まだまだ! こいつを喰らえ!!」
副頭が何かのスイッチを押すと、獣が大きく口を開いた。
その奥に煌めく、オレンジ色の水晶体。それが光輝き、次の瞬間、激烈な光線となって迸った。
「くぅ!!」
横に跳んで何とか光線から逃れる。岩肌を抉る光線に、回避が間に合わなかったら……とジーノは冷や汗をかいた。
「機械獣……まさか、魔動機械!?」
その獣の正体に思い至ったジーノは驚きを隠しきれなかった。
魔石を原動力として、複雑に組み合わせた部品を作動させ動かす『魔動機械』。しかしそれらはまだ研究段階で、一般に普及するのはまだ数年はかかると言われていた。
こんな大掛かりな魔道機械を、一介の山賊が持っている訳が無いのだ。
「へっ! ギーグ山賊団の恐ろしさを思い知れ!!」
副頭が棒状のハンドルを操作すると、機械獣が雄叫びを上げ、その巨躯でジーノに飛びかかった。
「くそっ! ええい!!」
回避に乗じて剣を振るうが、案の定、固い鉄の皮膚には傷一つつけられなかった。
「はっはっは!! こいつには誰も手も足も出せないんだよ!」
機械獣は、その大きさに似合わぬ俊敏さと、巨体に合ったパワーでジーノを追い詰める。まともに喰らえば、一撃で戦闘不能なまでのダメージを受けるのは明白だ。しかし、こちらの攻撃が通らない以上、ジーノはひたすら回避することしかできなかった。
「一体どうしたら……」
必死に機械獣の獣を躱しながら、ジーノは思考を巡らせる。完全に破壊できなくてもいい。せめて、あの機械獣の動きさえ止められれば……
(機械獣が魔動機械だって言うなら、原動力は魔石だ。魔石の中の魔力が尽きるまで耐えるか? ……いや、その間にレイルを別の場所に連れていかれたら……)
そう考えて、ジーノはふと閃いた。
確証はない。失敗すれば、自分もただでは済まないだろう。そんな危険な賭けだが、今はこれしかないと、ジーノは覚悟を決めた。
「いつまでちょこまか逃げるつもりだ!? こいつが狩れない獲物はいねえんだ!!」
攻撃を避け続けるジーノに苛立ちが募ったのか、副頭が声を張り上げる。それに応えるように、機械獣が再び光線を吐き出すために口を大きく開いた。
「今だ!!」
その瞬間、ジーノは強く地面を蹴り、機械獣に向けて一直線に駆けだした。
そして、煌々と光を放つ獣の口に、剣を突き刺した。
「なっ!?」
ガギンッという音を立てて突き刺さったそれ。そして強力な攻撃を放つ部分に飛び込んでくるというジーノの行動に、副頭が目を見開いた。
「はああああっっ!!」
そして、ジーノは剣を通じて自分の魔力を注ぎ込んだ。エレメントの力によって激しい稲妻となったそれが、機械獣の中心部に容赦なく流し込まれる。
「な、なんつーことを!? くそっ、魔力が暴走して……!!」
剣を抜くのに合わせてジーノが距離を取る。
許容量を超えた魔力を流し込まれた機械獣は、全身から火花を散らせていた。ガ、ガガ、と駆動音が不規則になり、やがてぷしゅうぅ……という音と共に地面に這いつくばり、そのまま機能を停止した。
「そんな……無敵のエクス・マキナが……ひっ!?」
ハッチが開き、信じられないと言わんばかりに呟いた副頭に、ジーノが剣の切っ先を向けた。
「レイルは……お前達が捕まえた女の子はどこにいるんだ?」
「て、てめぇ……やっぱりあの娘が狙いか……!」
ジーノが問いかけると、副頭は苦々しく顔を歪め、ジーノを睨みつけた。
「わかってるなら、早くレイルを……!!」
「《ムリアン》!!」
レイルの解放を求めた声は、別の男の声にかき消された。
そしてジーノと副頭の間に、小さな影が割り込んできた。
それはアリに乗った、十センチほどの小さな人間達だった。とんがり帽子を被り、空色の上着を着た小人と、彼らの騎獣であるアリ達はジーノに群がり、恐ろしいほどの怪力で、ジーノを機械獣の頭から振り下ろした。
「うわっ!?」
ジーノが地面まで転がり落ち、何とか受け身を取って起き上がると、それを見届けた小人とアリ達が、一斉に移動を開始した。
ハッとしてアリ達の行く先に目をやると、そこには一人の男が立っていた。
「よしよし、よくやったなムリアンども。しっかし……随分暴れてくれたもんじゃねえか、坊主?」
ムリアンと呼ばれた小人の一体を撫でたその男は、ジーノを見据えてそう言った。
日に焼けた褐色の肌。二メートルを超える体躯は、魔物の毛皮で作られた上着の隙間から惜しげもなく晒される、鍛え上げられた筋肉に覆われ更に大きく見えた。逆立った鳶色の髪を飾るのは、他の山賊達のバンダナと同じ橙色に染まったヘッドギアだ。
そして、その左腕は、黄銅色の金属で作られた義手だった。
無数の魔法陣が刻まれた鋼の義腕を持った大男は、不敵に笑いながら、琥珀色の双眸をジーノに向けていた。
「お、お頭!!」
「お頭が来たぞ! これでオレ達の勝ちだ!!」
大男を見るや、山賊達の士気が目に見えて上がった。「おう! てめぇらよくがんばったな!」と激励し、頭と呼ばれた男が金属の拳を掲げた。
「お前が、山賊団のボスか……!」
「おう。サーヴァトレ=ギーグってんだ。気安くサーヴァって呼んでくれや……って、そう呼ぶつもりは無さそうだな」
剣を両手で握りしめるジーノに、サーヴァは困ったように笑った。




