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旅立ち

 ガタゴトという音を立て、馬車が街道を進んでいく。栗毛の馬は、まだ少し雨を吸ってぬかるみを残す道でも、商品を乗せた幌馬車を健気に牽いていた。

 その馬の上に、ジーノは乗っていた。


「ありがとうございます。町まで乗せてもらって、助かりました」

「なぁに、このぐらいならお安い御用さ。それに道中の護衛もしてもらえて、こっちも助かったよ」


 ジーノが淀みない手つきで手綱を操りながら礼を述べると、顔なじみの行商人は気にしなくていいと笑った。


「しかし、馬を駆るのは得意なのに、相変わらず馬車には乗れないのかい?」


 その問いかけに、ジーノは思わず苦笑いした。


「揺れ自体は同じなんだから、どっちに乗っても酔いそうだと思うんだがね」

「そうなんですけど……ただ、こうして動物と接していると、落ち着くんです。多分、そのおかげで酔いにくいんだと思います」

「そうか……まあ、この子もジーノ君のことを気に入っているしな。心が通じあっているというのはいいことさ」


 商人の言葉を肯定するように、馬がぶるるっとひとつ鳴き声を上げた。そんな馬の頭をよしよしと撫で、ジーノは微笑んだ。


「っと……見えてきたぞ」


 商人に告げられてジーノが前方を見ると、草原が薄くなり、代わりに石造りの建物が立ち並ぶ町が目に入ってきた。


 ジーノ達の住む町ダイトから北東に進むこと半日。そびえたつ山脈を背に佇む町の名は、コパ。背後のイロン山脈から採掘される良質な鉱石を用いた鉄鋼業が栄えた町だ。

 素材はもちろん、それらに惹かれた腕利きの鍛冶職人が集まるこの町で作られた武具は、どれも一級品だ。かくいうジーノも、己の剣を鍛え直すために何度か訪れたことがあった。


 商人ギルドの馬小屋に馬車を留め、ひらりと馬から飛び降りたジーノに、馬が額をこすりつけて甘えてくる。いたわるように優しく撫で、傍の袋から人参を取り出して食べさせてやると、どこか満足そうに首を振った。


「助かったよ。……それにしても、レイルちゃんは一人で何をしに来たのかね……」

「……わかりません。でも、どうしてかひどい胸騒ぎがして……とにかく、心配なんです。ダイトもあんなことになったし……」


 商人の問いかけには、曖昧に返した。

 祠で黒衣の男に襲われたことを、ジーノはダイトの皆には話さなかった。ただでさえ、見たことの無い魔物に襲撃されたのだ。これ以上皆を不安がらせたくなかった。

 幸い、あの男の狙いはレイルと、今は自分が持つエレメントだけだったようだ。少なくとも、自分達があの町にいないとわかっている間は、あの男は町を襲うようなことはしないだろう。


「……もしかしたら、すぐにはレイルを見つけられないかもしれない。また入れ違いになっちゃうかもしれない。でも、遅くなるかもしれないけど、レイルを連れて無事に帰ります」


 たとえレイルを見つけても、すぐには帰れないだろう……そんな思考は胸の奥にしまって、ジーノは笑った。


「そうかい……なら、せめてこれを持っていきなさい」


 商人は少し困ったような笑みを浮かべると、ジーノに革のポーチを投げ渡した。

 それは物体を魔力的要素……魔素まそに分解し、圧縮して保管する魔術がかけられたものだ。本来の許容量を遥かに超える収納能力を持つ、旅人にとっては必須アイテムだ。


「いくばくかの食料と路銀、ロープと《フロートライト》《フィアリング》の魔石に野営用の毛布……」

「ま、待ってください! 旅の準備は自分でしましたし、そんなにいっぱい受け取れませんよ!!」


 つらつらと説明を並べる商人に、ジーノは慌ててポーチを突き返した。


「ここまで乗せてもらっただけでもありがたいのに、これ以上迷惑は……!」

「何言ってるんだい? 迷惑だなんてとんでもない。むしろ、君達が無事に帰ってくる手助けなら、これでも足りないくらいだよ」


 しかし商人は一歩も引かず、ポーチを手に取ると、ジーノの腰のベルトに取りつけた。


「……これはね、ダイトの皆からの、君への応援なんだ。だから、受け取ってほしい。君達二人が、ちゃんと帰ってくる約束に、ね」


 そう言われると、ジーノは断れなかった。皆が自分達を心配してくれて、けれど、信じてくれていることに、胸の奥が熱くなった。


「……はい」


 こくりと頷くと、商人は満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、私はギルドで商談をまとめなければ。ジーノ君、くれぐれも気を付けて」

「はい、本当にありがとうございました!」


 仕事へ向かう商人に、ジーノは深々と頭を下げて礼を述べる。商人の姿を見送った後、レイルの目撃情報を集めようと馬小屋を出ようとした、その時だった。


「おい、聞いたか? イロン山脈の山賊の話」

「ああ、聞いたとも。最近、特にひどいというじゃないか」


 不意に、二人組の男のそんな会話が耳に飛び込んできた。


「何でも、今度は女の子を捕まえたそうだな? まったく、可哀想に……」

「珍しくてキレイな青い目と黒髪だったしな……どっかに売り飛ばされちまうだろうよ……」

「……ッッ!?」


 その言葉に、ジーノは耳を疑った。そして、いてもたってもいられず、男達に駆け寄った。


「すみません!! そ、その話、本当ですか!?」

「えっ!? あ、ああ……俺は確かに見たんだ。黒い髪と白いコートの女の子が、山賊達に連れていかれるのをな……」

「ありゃあ、ギーグの山賊団だ。あのオレンジのバンダナは、間違いないな」


 突然切羽詰まった様子で割って入ってきた青年に驚いたが、二人はジーノに説明してくれた。


「イロン山脈の、オレンジのバンダナの山賊団……わかりました。ありがとうございます!」


 ジーノは細かい情報まで教えてくれた礼を言うと、すぐさまその場から走り去った。


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